今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
安寿は航志朗の肩越しに海を見つめた。目の先に白い何かが光った。
「あっ」
急に安寿は航志朗から身体を離すと、スニーカーと靴下を脱いで海に入った。安寿はかがんでそれを拾い上げた。間違いなく初めてこの場所に来た時に見つけた白い石だ。石を陽に透かして見ると、羽根のような内包物が見えた。
「航志朗さん、見て。きれいでしょ」
「ああ、きれいだな。でも、もちろん、君のほうが……」
安寿は航志朗の言葉をさえぎって言った。
「不思議な石。なんの石なんでしょうね」
「水晶かもしれないな」
「ええっ! そんな高価な石だったら、戻さないと。……残念だけど」
「いいじゃないか、君が見つけたんだ。ここの海からの土産かプレゼントだと思っていただいていけばいいだろ」
「いいのかな……」と安寿は子どものようにつぶやいた。笑って航志朗はうなずいた。安寿は海を眺めてから白い石を握りしめた。
あわただしく朝食をとってから、レンタカーのトランクに二つのスーツケースを収めた。後部座席にルリの兄の油絵の道具が入った木箱と万里絵が描いてくれた安寿と航志朗の似顔絵を置いた。安寿は別荘の庭に出て、古閑家への森の小道の入口と海へ降りる階段を交互に見つめた。
後ろから航志朗が声をかけた。
「安寿、そろそろ行こうか」
航志朗を見て安寿はうなずいた。安寿がレンタカーの助手席に座ると、航志朗は安寿に軽くキスしてからエンジンをかけた。レンタカーが発進すると安寿は振り返って別荘を見て思った。
(なんだろう、この気持ち。初めて来た場所なのに、なんだかとても懐かしい気がする。三週間以上もここにいたからかな)
レンタカーで古閑家に向かった。正門から入り玄関前の車寄せにレンタカーを停車すると、屋敷の中からルリと五嶋と万里絵が出て来た。安寿と航志朗は車を降りると別荘の二つの鍵を五嶋に手渡し、礼を言って別れを告げた。ルリは安寿と手を握り合うと、安寿を引き寄せて抱きしめた。ルリの藍鼠の色無地には確かに線香の香りがこもっていた。万里絵もルリにうながされて、三人で一緒に抱き合った。航志朗と五嶋は後ろで黙って見守っていた。
「安寿お姉ちゃん、いつかまた会おうね!」
顔を真っ赤にして万里絵は泣いている。キャミソールワンピースのポケットからハンカチを取り出して、安寿は万里絵の涙を優しく拭いて言った。
「うん。また一緒に絵を描こうね、万里絵ちゃん」
安寿と航志朗はレンタカーに乗り込んだ。航志朗は車の窓を開けて目の前に立っているルリに会釈した。ルリは航志朗の瞳をじっと見つめた。何か言いたげな表情だ。思わず「……ルリさん?」と航志朗は尋ねた。ルリは微笑んで言った。それは、航志朗だけに聞こえるようなとても小さな声だった。
「航志朗さん、安寿さんをお願いね」
何をルリから「お願い」されたのか、航志朗はまったくわからなかったが、微笑を作って航志朗はうなずいた。
ルリと五嶋と万里絵が見えなくなると、安寿は大きく振っていた手をそっと降ろした。
熊本市内へと向かう海沿いの道に出た。快晴の今日も海は穏やかに陽の光を浴びて輝いている。左側を向いて安寿は流れて行く車の窓の外の多島海の光景をいつまでも眺めていた。そして、ひそかに安寿はルリの兄が描いた襖絵を最後に見た時にふと感じたことを思い出した。
(あの襖絵に、髪の長い女のひとの後ろ姿が描かれていたような気がした。誰なんだろう。ずっとあの海を眺めていた。……ひとりぼっちで砂浜に座って)
「あっ」
急に安寿は航志朗から身体を離すと、スニーカーと靴下を脱いで海に入った。安寿はかがんでそれを拾い上げた。間違いなく初めてこの場所に来た時に見つけた白い石だ。石を陽に透かして見ると、羽根のような内包物が見えた。
「航志朗さん、見て。きれいでしょ」
「ああ、きれいだな。でも、もちろん、君のほうが……」
安寿は航志朗の言葉をさえぎって言った。
「不思議な石。なんの石なんでしょうね」
「水晶かもしれないな」
「ええっ! そんな高価な石だったら、戻さないと。……残念だけど」
「いいじゃないか、君が見つけたんだ。ここの海からの土産かプレゼントだと思っていただいていけばいいだろ」
「いいのかな……」と安寿は子どものようにつぶやいた。笑って航志朗はうなずいた。安寿は海を眺めてから白い石を握りしめた。
あわただしく朝食をとってから、レンタカーのトランクに二つのスーツケースを収めた。後部座席にルリの兄の油絵の道具が入った木箱と万里絵が描いてくれた安寿と航志朗の似顔絵を置いた。安寿は別荘の庭に出て、古閑家への森の小道の入口と海へ降りる階段を交互に見つめた。
後ろから航志朗が声をかけた。
「安寿、そろそろ行こうか」
航志朗を見て安寿はうなずいた。安寿がレンタカーの助手席に座ると、航志朗は安寿に軽くキスしてからエンジンをかけた。レンタカーが発進すると安寿は振り返って別荘を見て思った。
(なんだろう、この気持ち。初めて来た場所なのに、なんだかとても懐かしい気がする。三週間以上もここにいたからかな)
レンタカーで古閑家に向かった。正門から入り玄関前の車寄せにレンタカーを停車すると、屋敷の中からルリと五嶋と万里絵が出て来た。安寿と航志朗は車を降りると別荘の二つの鍵を五嶋に手渡し、礼を言って別れを告げた。ルリは安寿と手を握り合うと、安寿を引き寄せて抱きしめた。ルリの藍鼠の色無地には確かに線香の香りがこもっていた。万里絵もルリにうながされて、三人で一緒に抱き合った。航志朗と五嶋は後ろで黙って見守っていた。
「安寿お姉ちゃん、いつかまた会おうね!」
顔を真っ赤にして万里絵は泣いている。キャミソールワンピースのポケットからハンカチを取り出して、安寿は万里絵の涙を優しく拭いて言った。
「うん。また一緒に絵を描こうね、万里絵ちゃん」
安寿と航志朗はレンタカーに乗り込んだ。航志朗は車の窓を開けて目の前に立っているルリに会釈した。ルリは航志朗の瞳をじっと見つめた。何か言いたげな表情だ。思わず「……ルリさん?」と航志朗は尋ねた。ルリは微笑んで言った。それは、航志朗だけに聞こえるようなとても小さな声だった。
「航志朗さん、安寿さんをお願いね」
何をルリから「お願い」されたのか、航志朗はまったくわからなかったが、微笑を作って航志朗はうなずいた。
ルリと五嶋と万里絵が見えなくなると、安寿は大きく振っていた手をそっと降ろした。
熊本市内へと向かう海沿いの道に出た。快晴の今日も海は穏やかに陽の光を浴びて輝いている。左側を向いて安寿は流れて行く車の窓の外の多島海の光景をいつまでも眺めていた。そして、ひそかに安寿はルリの兄が描いた襖絵を最後に見た時にふと感じたことを思い出した。
(あの襖絵に、髪の長い女のひとの後ろ姿が描かれていたような気がした。誰なんだろう。ずっとあの海を眺めていた。……ひとりぼっちで砂浜に座って)