今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
『サモトラケのニケ』の画像が航志朗から送られてきたことに、安寿は次の日の早朝に気づいた。その時、安寿は東京駅の東海道線のホームに立っていた。鎌倉の黒川家に向かっているところだ。
すぐに安寿はメールを航志朗に送信した。
航志朗さん、今、パリにいらっしゃるんですか?
すぐにスマートフォンで安寿は時差を調べた。航志朗がフランスに滞在しているのなら、東京はフランスより七時間進んでいる。通常の時差は八時間だが、今はサマータイム期間のため時差は七時間で、向こうは午後十一時すぎだ。安寿は『サモトラケのニケ』が不意に降り立ったスマートフォンをじっと見つめた。
(きっと彼は熊本の教会に行った時に話した子猫のニケのことを覚えていてくれたんだ。でも、あれからニケに会っていない。ママに会えたのかな。それとも、どこかで居心地のよい居場所を見つけているといいけれど)
いきなり安寿のスマートフォンが鳴った。航志朗からだ。
「ボンジュー、アンジュ! 元気?」
一か月ぶりにその声を聞いたが、いきなりフランス語だ。
「おはようございます。じゃなくて、こんばんはですね、航志朗さん? やっぱりパリにいらっしゃるんですね」
「ああ。十月からパリの国立美術館の外部専門家になったんだ。一年半の長期プロジェクトに参画する」
「ずっとパリに滞在されるのですか?」
「いや、ミーティングがあるときだけ滞在する」
「昨日、ルーブル美術館に行かれたのですね?」
その時、逗子行きの横須賀線が入構してきたが、安寿は乗車を見送った。けたたましい駅アナウンスが耳に入ってきた航志朗が不審そうに尋ねた。
「安寿、今、君は東京駅にいるのか? 東京はまだ午前六時台だろ。日曜日のこんな朝早くから、いったいどこへ行くんだ?」
その問いに安寿は胸がどきっとした。思わず安寿は口をついて出てしまった。
「逗子です! あの、……葉山の美術館に行こうと思って」
高校を卒業する直前に、星野蒼とその美術館に二人で行った時のことを、一瞬、安寿は思い出した。
「一人で?」
「はい。そうです」
「そうか。俺も君と一緒に行きたかったな」
「わ、私もルーブル美術館に航志朗さんと一緒に行きたかったです」
遠く離れたスマートフォンの向こうで、航志朗は苦笑いしたようだった。
「安寿、パスポートを取得しておけよ。いつでも連れて行くから」と航志朗が言うと、目の前に再び電車が入構してきた。安寿は返事をせずに「電車が来ました。ではまた」と言って、一方的にスマートフォンを切った。だが、また安寿は電車を見送った。がらんとしたホームに立ち尽くして、安寿は泣き出しそうになるのを全身に力を込めて我慢した。
(とうとう、私、航志朗さんにうそをついた……)
すぐに安寿はメールを航志朗に送信した。
航志朗さん、今、パリにいらっしゃるんですか?
すぐにスマートフォンで安寿は時差を調べた。航志朗がフランスに滞在しているのなら、東京はフランスより七時間進んでいる。通常の時差は八時間だが、今はサマータイム期間のため時差は七時間で、向こうは午後十一時すぎだ。安寿は『サモトラケのニケ』が不意に降り立ったスマートフォンをじっと見つめた。
(きっと彼は熊本の教会に行った時に話した子猫のニケのことを覚えていてくれたんだ。でも、あれからニケに会っていない。ママに会えたのかな。それとも、どこかで居心地のよい居場所を見つけているといいけれど)
いきなり安寿のスマートフォンが鳴った。航志朗からだ。
「ボンジュー、アンジュ! 元気?」
一か月ぶりにその声を聞いたが、いきなりフランス語だ。
「おはようございます。じゃなくて、こんばんはですね、航志朗さん? やっぱりパリにいらっしゃるんですね」
「ああ。十月からパリの国立美術館の外部専門家になったんだ。一年半の長期プロジェクトに参画する」
「ずっとパリに滞在されるのですか?」
「いや、ミーティングがあるときだけ滞在する」
「昨日、ルーブル美術館に行かれたのですね?」
その時、逗子行きの横須賀線が入構してきたが、安寿は乗車を見送った。けたたましい駅アナウンスが耳に入ってきた航志朗が不審そうに尋ねた。
「安寿、今、君は東京駅にいるのか? 東京はまだ午前六時台だろ。日曜日のこんな朝早くから、いったいどこへ行くんだ?」
その問いに安寿は胸がどきっとした。思わず安寿は口をついて出てしまった。
「逗子です! あの、……葉山の美術館に行こうと思って」
高校を卒業する直前に、星野蒼とその美術館に二人で行った時のことを、一瞬、安寿は思い出した。
「一人で?」
「はい。そうです」
「そうか。俺も君と一緒に行きたかったな」
「わ、私もルーブル美術館に航志朗さんと一緒に行きたかったです」
遠く離れたスマートフォンの向こうで、航志朗は苦笑いしたようだった。
「安寿、パスポートを取得しておけよ。いつでも連れて行くから」と航志朗が言うと、目の前に再び電車が入構してきた。安寿は返事をせずに「電車が来ました。ではまた」と言って、一方的にスマートフォンを切った。だが、また安寿は電車を見送った。がらんとしたホームに立ち尽くして、安寿は泣き出しそうになるのを全身に力を込めて我慢した。
(とうとう、私、航志朗さんにうそをついた……)