今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 翌朝、安寿はまだ暗いうちからベッドを抜け出して浴室に行って、震えながらシャワーを浴びた。咲がやって来る時間には早いが、胸が早鐘を打った。小走りで自室に戻ると、まだ航志朗は眠っている。安寿は航志朗の寝顔を見つめた。航志朗を愛おしく想う気持ちがあふれ出てくる。

 (私、本当に彼が好き。心から彼を愛している……)

 すでにタートルネックの白いセーターに着替えているが、安寿はまた布団にもぐり込んで航志朗の温もりに身を寄せた。愛おしい航志朗の匂いがする。身体の奥が熱を帯びてきて、安寿はたまらない気持ちになる。

 航志朗が身動きして薄目を開けて言った。

 「ん? 安寿、おはよう。今、何時だ」

 「六時すぎです」

 「そうか。もう少し眠りたいけど、眠るのがもったいないな」

 「どうしてですか?」

 「君が起きているから。安寿、このままで何か話をしようか」

 ふたりは布団の中で抱き合った。だんだん淡い陽の光が窓の外から差し込んできた。ふと安寿は航志朗に尋ねた。

 「航志朗さん。パリってどんなところですか?」

 しばらく航志朗は沈黙してから言った。

 「そうだな、一人で歩くには寂しい街だな」

 「なぜ?」

 「なぜって、街中で恋人たちが抱き合ったりキスしたりしている姿を日常的に見かけるから、離れている君のことを想って、ものすごく寂しくなる」

 なんと返事をしようか考えあぐねていると、ふと安寿は星野蒼のことを唐突に思い出した。

 「蒼くん、元気かな……」

 思わず安寿はつぶやいた。

 「おいおい、安寿。このシチュエーションで他の男の名前を口にするなよ」

 「あ、ごめんなさい」

 「彼、今もパリにいるんだ?」

 「はい。大翔くんに聞いたんですけれど、パリのファッションスクールで学んでいるそうです」

 そのスクールの名前を安寿から聞くと、航志朗は感心した様子で言った。

 「へえ、新進気鋭のファッションデザイナーを多数輩出しているヨーロッパでも指折りの名門スクールじゃないか。君の高校時代の同級生は優秀なんだな」

 「高校時代の同級生」という言葉を航志朗はわざと強調して言った。

 「そうなんですね。パリでがんばっているんだ、蒼くん……」

 航志朗の嫉妬心にまったく気づかずに、安寿は航志朗の肩ごしに窓の外へと目をやった。

 すぐに不機嫌な表情を浮かべて航志朗が文句を言った。

 「だから安寿、俺の腕の中で他の男の名前を言うなよ」

 「ごめんなさい、航志朗さん。でも、蒼くんは私にとって大切な友だちなんです」

 「また言ったな。まったく君ってひとは……」

 苦笑いしながら口止めをするように航志朗は安寿にキスした。

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