今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 食事室で久しぶりに安寿と航志朗と岸の三人は夕食を共にした。岸は赤ワインを開けて静かにグラスを傾けていた。安寿と航志朗は軽く一杯だけ飲んだ。航志朗も岸も黙々と料理を口に運んでいる。ふたりの顔を交互に見た安寿はせっかくのこんがり焼けて香ばしいローストチキンの味がゆっくり味わえない。その重苦しい雰囲気に耐えかねて、この場にふさわしい話題を安寿は考えに考えた。微かにハチミツの風味がするチキンのかたまりをごくんと飲み込んでから安寿は言い出した。

 「あ、あの! 岸先生と航志朗さんは、いつまでサンタさんのことを信じていましたか?」

 突拍子もない安寿の質問に航志朗がくすっと笑った。場違いな質問をしてしまったことを思い知った安寿は顔を真っ赤にして下を向いた。

 「そうですね、中学に入る前までは信じていましたね。母が子どもの私のために、毎年趣向を凝らしてくれました。たぶん学校でクラスメイトに聞いたのだと思います。『サンタクロースなんて、この世にいないんだよ』と」

 意外にも岸が先んじて答えた。驚いた顔をして航志朗が岸の顔を見つめた。

 「そうでしたか。恵真さまは素敵なお母さまだったのでしょうね。本当に、私、恵真さまにお会いしたかったです」

 岸が安寿に向かって優しくうなずいた。

 不機嫌そうに航志朗が口をはさんだ。

 「俺は小学校に入学する前には気づいていたな。絶対にサンタクロースの姿をこの目で見てやろうと思って夜中まで起きていたら、おじいさまが大きな箱を持って部屋に入って来た。いろいろおじいさまは言いわけをして取り繕っていたけれど、やっぱりサンタクロースなんて作り話なんだって思ったよ」

 思わず安寿は苦笑いした。訊かなければよかったと後悔した。

 炭酸水をひと口飲んでから航志朗が尋ねた。

 「で、安寿はどうだったんだ? まさか、まだ信じているとか……」

 安寿は航志朗を軽くにらんでから言った。

 「今でもよく覚えています。私の場合は、小学一年生の時でした。その夜、私は寝たふりをしていたんです。そうしたら、おじいちゃんとおばあちゃんがプレゼントを持って私の部屋に入って来ました」

 「俺と同じパターンか」

 航志朗が肩をすくめた。

 「いいえ、違います。その時、私は、私のおじいちゃんとおばあちゃんって本物のサンタクロースだったんだって思いました。すごく嬉しかった。だって、サンタさんは世界中の子どもたちにプレゼントを配る尊いお仕事をされているでしょう。それに、フィンランドには『公認サンタクロース』がいますよね。それをテレビで見て、私のおじいちゃんとおばあちゃんはフィンランドからやって来たんだって、ずっと思い込んでいました。後になって、恵ちゃんに大笑いされましたけど」

 航志朗と岸が声を立てて笑った。食事室のすみに並んで立っていた伊藤と咲も笑い声をあげた。

 「本当に安寿は面白いひとだなあ……」

 しみじみと航志朗が言った。

 心から安寿は嬉しくなった。航志朗と岸が一緒に笑ったからだ。

 食後はサロンに移り、伊藤と咲も交えてブランデーの香りがする濃厚なチョコレートのブッシュ・ド・ノエルを食べた。咲のリクエストで航志朗はピアノを弾いてクリスマスキャロルを奏でた。航志朗に手招きされた安寿は恥ずかしそうに隣に座り、リズミカルに上下する鍵盤の前でふたりは微笑み合った。その仲良さそうに寄りそった安寿と航志朗の後ろ姿を、岸はカモミールティーを淹れたティーカップを持ちながら見つめていた。

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