今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 後片づけを手伝ってから、手をつないで安寿と航志朗は部屋に戻って来た。ふたりは背を向けてパジャマに着替えた。ふと安寿は窓の外を見た。白くなっている。

 「……雪?」

 引き寄せられるようにバルコニーに出て、安寿は両手を真っ白な夜空に向かって伸ばした。絶え間なく白い雪が空から舞い降りて安寿の手のひらにのった。それは、安寿の体温ですぐに溶けてしまう。背後からやって来た航志朗が安寿を抱きしめて言った。

 「ホワイトクリスマスだな、安寿」

 航志朗を見上げて安寿は楽しそうな笑顔を浮かべた。

 「航志朗さん。一緒に雪を見るのって、今夜が初めてですね」

 安寿の声は弾んでいる。

 「そうだな……」

 しばらく安寿と航志朗は夜空を見上げていた。ふたりの顔にちらちらと雪の結晶が降りかかる。航志朗は安寿をうながして部屋に戻った。すっかり身体が冷えてしまっている。微かに雪に湿った安寿の身体を航志朗は抱きしめた。ふと部屋のクローゼットが航志朗の目に入った。航志朗はだんだん戻ってきた安寿の温もりを感じながら考えはじめた。

 (あの箱の中身を、俺は安寿に見てもらいたい)

 航志朗は安寿の部屋になった自分の子どもの頃の部屋を見回した。様ざまな想いが航志朗の頭をよぎる。そのほとんどが思い出したくもない記憶の残骸だ。

 (あの箱を開けて見せたら、安寿は俺の子どもの頃をどう思うのだろう……)

 急に恐怖と羞恥心が渦を巻いてわいてきて、航志朗は安寿の身体を力を込めて抱きしめた。

 「航志朗さん、寒いんじゃないですか? お布団に入りましょうか」

 安寿が気遣うように言った。

 安寿の瞳を航志朗は見つめた。小さな女の子のままの安寿がその瞳の中にいるような気がした。今の自分と過去の自分のすべてを安寿にさらけ出してもいいと、その時、航志朗は心から切実に思った。

 (俺は、あの時の小さな女の子にまためぐり逢ったんだ。きっと俺たちは強い絆で結ばれている。それは、俺たちが生まれるずっと前から決められていたことだったんだ)

 航志朗は安寿から身を離すと静かに言った。

 「安寿、君に見てもらいたいものがあるんだ」

 落ち着いた様子で安寿はうなずいた。心のどこかで安寿はわかっていた。クローゼットを開けるたびに、安寿は航志朗がこの部屋に残していったあの箱を意識していた。

 (いつか、航志朗さんがこの箱の中身を私に見せてくれる時が来るかもしれない。それは、彼が私のことを本当に信じてくれた時に……)

 ──今、その時が来たのだ。

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