今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
次に起きたら午後一時になっていた。安らかな表情で安寿はまだ航志朗の腕の中でまどろんでいる。航志朗は優しい表情を浮かべて安寿の髪を優しくなでた。安心しきった様子の安寿は航志朗の胸に顔をこすりつけた。
「……安寿」
ぼんやりと薄目を開けて安寿は航志朗を見つめた。まだ眠くて眠くてたまらない。安寿は目をしばたたかせた。くすっと愉しそうに笑って、パリ帰りの航志朗は安寿の頬にキスしてから甘くフランス語でささやいた。
「愛している。僕の妻、アンジュ」
「航志朗さんは、私の夫。あっています?」
「うん、あってる。できれば、ジュ・テームをつけてほしいけれど」
目を閉じて安寿は微かな声でささやいた。
「……ジュ・テーム、コウシロウ、さん」
片手で顔を覆って航志朗は真っ赤になった。
(今の安寿のセリフ、誕生日と結婚記念日の最高のプレゼントだな!)
感きわまった航志朗は大声を出して安寿に日本語で言った。
「俺も君を愛している、安寿! ……ん?」
安寿はすうすうと寝息を立てていた。
(安寿、また眠ってしまったのか。なんだか疲れているみたいだな、そっとしておくか)
外が薄暗くなってきた。安寿は目を開けた。あわてて起き上がってソファに座り直すと、ダイニングテーブルの上でノートパソコンに向かって航志朗がキーボードをたたいているのが見えた。
「安寿、やっと起きたか。よく眠っていたな、気持ちよさそうに」
「ごめんなさい、航志朗さんのお誕生日なのに。私、一日じゅう眠ってしまいましたね」
航志朗は椅子から立ち上がって安寿の隣に座ると、安寿の髪をなでで軽くキスして言った。
「いいよ、気にするな。君の可愛い寝顔を存分に楽しませてもらったから」
頬を赤らめて安寿は下を向いた。
「安寿、すまないが今夜の九時から仕事があるんだ。オンライン会議に参加する」
「オンライン会議?」
「そう。パリの美術館のミーティングルームとネットでつなげて」
「航志朗さん、無理して帰国してくださったんですね……」
「無理なんかしていない。あの国では当然のことだよ。人生において愛するひととの時間を最優先にするのは」
パジャマ姿の安寿は黒のロングカーディガンを羽織った上にエプロンをつけて、大量の鶏のから揚げをつくっていた。キッチンには焼きあがったばかりのチョコレートケーキの甘い香りが香ばしく漂っている。航志朗がバスルームから戻って来た。下半身はパジャマ姿だが、アイロンがかかったダークネイビーのシャツを着ている。航志朗は安寿を後ろから抱きしめると、キッチンペーパーを敷いたプレートの上にのせられた揚げたてのから揚げに手を伸ばして口に入れた。
「あちっ!」
「大丈夫ですか! つまみ食いするからですよ、もう航志朗さんたら」
「口の中をやけどしたかも、安寿……」
子どものように甘えながら舌を出して航志朗は訴えた。
素知らぬ顔で安寿は言った。
「じゃあ、当分キスできませんね?」
「いや、それはできるに決まっているだろ。なんなら今すぐに試してみようか」
航志朗は安寿の顎を強引につかんだが、安寿にこっぴどく叱られた。
「危ない! 揚げものをしているんですよ。離れておとなしく座ってて!」
「……はい」と身を小さくして答えた航志朗は、ダイニングテーブルの椅子に座って頬杖をつきながら安寿がキッチンで手際よく料理をする姿を見つめた。
(初めて一緒に迎えた朝を思い出すな。けがした足に構わずに朝食をつくってくれたっけ。あれから三年もたったのか……)
「……安寿」
ぼんやりと薄目を開けて安寿は航志朗を見つめた。まだ眠くて眠くてたまらない。安寿は目をしばたたかせた。くすっと愉しそうに笑って、パリ帰りの航志朗は安寿の頬にキスしてから甘くフランス語でささやいた。
「愛している。僕の妻、アンジュ」
「航志朗さんは、私の夫。あっています?」
「うん、あってる。できれば、ジュ・テームをつけてほしいけれど」
目を閉じて安寿は微かな声でささやいた。
「……ジュ・テーム、コウシロウ、さん」
片手で顔を覆って航志朗は真っ赤になった。
(今の安寿のセリフ、誕生日と結婚記念日の最高のプレゼントだな!)
感きわまった航志朗は大声を出して安寿に日本語で言った。
「俺も君を愛している、安寿! ……ん?」
安寿はすうすうと寝息を立てていた。
(安寿、また眠ってしまったのか。なんだか疲れているみたいだな、そっとしておくか)
外が薄暗くなってきた。安寿は目を開けた。あわてて起き上がってソファに座り直すと、ダイニングテーブルの上でノートパソコンに向かって航志朗がキーボードをたたいているのが見えた。
「安寿、やっと起きたか。よく眠っていたな、気持ちよさそうに」
「ごめんなさい、航志朗さんのお誕生日なのに。私、一日じゅう眠ってしまいましたね」
航志朗は椅子から立ち上がって安寿の隣に座ると、安寿の髪をなでで軽くキスして言った。
「いいよ、気にするな。君の可愛い寝顔を存分に楽しませてもらったから」
頬を赤らめて安寿は下を向いた。
「安寿、すまないが今夜の九時から仕事があるんだ。オンライン会議に参加する」
「オンライン会議?」
「そう。パリの美術館のミーティングルームとネットでつなげて」
「航志朗さん、無理して帰国してくださったんですね……」
「無理なんかしていない。あの国では当然のことだよ。人生において愛するひととの時間を最優先にするのは」
パジャマ姿の安寿は黒のロングカーディガンを羽織った上にエプロンをつけて、大量の鶏のから揚げをつくっていた。キッチンには焼きあがったばかりのチョコレートケーキの甘い香りが香ばしく漂っている。航志朗がバスルームから戻って来た。下半身はパジャマ姿だが、アイロンがかかったダークネイビーのシャツを着ている。航志朗は安寿を後ろから抱きしめると、キッチンペーパーを敷いたプレートの上にのせられた揚げたてのから揚げに手を伸ばして口に入れた。
「あちっ!」
「大丈夫ですか! つまみ食いするからですよ、もう航志朗さんたら」
「口の中をやけどしたかも、安寿……」
子どものように甘えながら舌を出して航志朗は訴えた。
素知らぬ顔で安寿は言った。
「じゃあ、当分キスできませんね?」
「いや、それはできるに決まっているだろ。なんなら今すぐに試してみようか」
航志朗は安寿の顎を強引につかんだが、安寿にこっぴどく叱られた。
「危ない! 揚げものをしているんですよ。離れておとなしく座ってて!」
「……はい」と身を小さくして答えた航志朗は、ダイニングテーブルの椅子に座って頬杖をつきながら安寿がキッチンで手際よく料理をする姿を見つめた。
(初めて一緒に迎えた朝を思い出すな。けがした足に構わずに朝食をつくってくれたっけ。あれから三年もたったのか……)