今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
第6節
その三日後、シンガポールにいったん戻ってから、航志朗は急遽帰国した。うだるような暑さの東京は午後五時だ。夏季休暇で混み合う入国審査場を通過して、羽田空港からすぐにタクシーに乗って岸家に向かった。焦燥感に駆られた航志朗は腕組みをして何度も身震いした。離れている間に安寿の身に何か危害が加えられていたのかもしれない。
(安寿、頼むから無事でいてくれ!)
岸家に到着するとスーツケースを門の前に放り出したままでエントランスに走って行き、航志朗はインターホンを何回も鳴らした。あわてた様子で重厚な玄関ドアを押し開けたエプロン姿の咲が目を大きく見開いて言った。
「まあ、航志朗坊っちゃん! おかえりなさいませ」
汗だくで必死の形相をした航志朗は何も言わずに屋敷の中に入ると、すぐに階段を駆け上がって二階に行った。
呆気に取られた顔で航志朗を見送った咲は首を傾けた。
(あらまあ。航志朗坊っちゃんったら、いったいどうしたのかしら。あんなに怖いお顔をして。安寿さまはマンションの方にいらっしゃるのに……)
「安寿!」
安寿の部屋のドアを乱暴に開けて航志朗は中に飛び込んだ。陽が落ちはじめて薄暗くなってきた部屋じゅうを見回したが、安寿の姿はどこにもない。脇を見るとベッドのマットレスがむき出しになっている。シーツが敷かれていない。航志朗は顔をしかめると即座に一階に駆け下りた。階下で不思議そうな表情で二階をうかがっていた咲の両肩をつかまえて、息せき切って叫ぶように航志朗は尋ねた。
「安寿は、安寿はどこにいるんですか? 咲さん!」
執務室から怪訝そうに出て来た伊藤が代わりに答えた。
「安寿さまは大学が夏休みに入ってから、航志朗坊っちゃんのマンションにいらっしゃいます。なんでも絵の制作に集中したいからとおっしゃられて」
大きく息を吸って航志朗はこわばった肩の力を落とした。
「そうでしたか。では、これからマンションに行きます」
車で送ると伊藤が申し出たが、航志朗はそれを断ってスマートフォンを操作してタクシーを呼んだ。十分後にタクシーが岸邸の門の前にやって来ると、スーツケースをトランクに収めて航志朗はタクシーの後部座席に乗り込んだ。あわてて咲が冷たいミネラルウォーターのボトルを航志朗に差し出して言った。
「航志朗坊っちゃん、お夕食をご用意してお届けしましょうか」
額からこぼれる汗を腕まくりしたシャツの袖でぬぐいながら航志朗は咲に笑いかけた。
「いえ、大丈夫です。ありがとう、咲さん。これから安寿のところに行ってきます」
腑に落ちない様子で咲が言った。
「航志朗坊っちゃん、……いってらっしゃいませ」
タクシーが航志朗を乗せて発車した。咲が心配そうに伊藤を見つめて言った。
「航志朗坊っちゃん、どうなされたのかしら? 汗びっしょりで、あんなにお急ぎになられて」
伊藤は顔を青ざめながら思った。
(まさか安寿さまの身に何かあったのか? 最近の安寿さまは、なんだかご様子がおかしかった……)
(安寿、頼むから無事でいてくれ!)
岸家に到着するとスーツケースを門の前に放り出したままでエントランスに走って行き、航志朗はインターホンを何回も鳴らした。あわてた様子で重厚な玄関ドアを押し開けたエプロン姿の咲が目を大きく見開いて言った。
「まあ、航志朗坊っちゃん! おかえりなさいませ」
汗だくで必死の形相をした航志朗は何も言わずに屋敷の中に入ると、すぐに階段を駆け上がって二階に行った。
呆気に取られた顔で航志朗を見送った咲は首を傾けた。
(あらまあ。航志朗坊っちゃんったら、いったいどうしたのかしら。あんなに怖いお顔をして。安寿さまはマンションの方にいらっしゃるのに……)
「安寿!」
安寿の部屋のドアを乱暴に開けて航志朗は中に飛び込んだ。陽が落ちはじめて薄暗くなってきた部屋じゅうを見回したが、安寿の姿はどこにもない。脇を見るとベッドのマットレスがむき出しになっている。シーツが敷かれていない。航志朗は顔をしかめると即座に一階に駆け下りた。階下で不思議そうな表情で二階をうかがっていた咲の両肩をつかまえて、息せき切って叫ぶように航志朗は尋ねた。
「安寿は、安寿はどこにいるんですか? 咲さん!」
執務室から怪訝そうに出て来た伊藤が代わりに答えた。
「安寿さまは大学が夏休みに入ってから、航志朗坊っちゃんのマンションにいらっしゃいます。なんでも絵の制作に集中したいからとおっしゃられて」
大きく息を吸って航志朗はこわばった肩の力を落とした。
「そうでしたか。では、これからマンションに行きます」
車で送ると伊藤が申し出たが、航志朗はそれを断ってスマートフォンを操作してタクシーを呼んだ。十分後にタクシーが岸邸の門の前にやって来ると、スーツケースをトランクに収めて航志朗はタクシーの後部座席に乗り込んだ。あわてて咲が冷たいミネラルウォーターのボトルを航志朗に差し出して言った。
「航志朗坊っちゃん、お夕食をご用意してお届けしましょうか」
額からこぼれる汗を腕まくりしたシャツの袖でぬぐいながら航志朗は咲に笑いかけた。
「いえ、大丈夫です。ありがとう、咲さん。これから安寿のところに行ってきます」
腑に落ちない様子で咲が言った。
「航志朗坊っちゃん、……いってらっしゃいませ」
タクシーが航志朗を乗せて発車した。咲が心配そうに伊藤を見つめて言った。
「航志朗坊っちゃん、どうなされたのかしら? 汗びっしょりで、あんなにお急ぎになられて」
伊藤は顔を青ざめながら思った。
(まさか安寿さまの身に何かあったのか? 最近の安寿さまは、なんだかご様子がおかしかった……)