今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 帰りはタクシーで帰った。後部座席に座って航志朗に買ってもらった本の入った紙袋を抱えた安寿は満足そうな笑顔でいる。また航志朗はそんな安寿の横顔をうかがって安堵した。

 (もうすぐ始まる大学の後期に出席できないんじゃないかって心配したけれど、これなら大丈夫そうだな。……ひとつだけ気がかりなことがあるが)

 安寿は窓ガラスに映る機嫌のよさそうな航志朗の横顔を見ながら思った。

 (今日は航志朗さんと普通のデートができて、とても楽しかった。でも、今夜どうしたらいいの? 私、とても怖い……)

 帰宅したふたりはソファに座って航志朗が淹れたほうじ茶を飲んだ。さっそく安寿は渡辺の寄稿した記事が載っている美術月刊誌を開いた。ベルリンの最新アート事情のレポートが書かれていた。隣から航志朗も雑誌をのぞき込んで言った。

 「へえ、面白いな。ベルリンに行ってみたくなった。安寿、大学の冬休みにでも優仁さんたちに会いに行くか? 今日買ったワンピースを着て」

 無言で安寿は次のページをめくってから、話題を変えるように早口で言った。

 「あっ、来月号から優仁さんの新連載が始まるんですね。ベルリンの大学での客員研究員のお仕事とベルリンでの暮らしぶりの。とっても面白そう」

 航志朗は軽くため息をついてから言った。

 「オーケー、ネットで定期購読の申し込みをしておくよ」

 夕食後、安寿は先に風呂に入った。身体を洗う安寿の手は震えた。バスタブに浸かって安寿は自分の身体を抱え込んだ。心臓がどきどきして湯船が揺れているような感じがする。

 (彼が求めてきたら、……どうしよう)

 夕食の後片づけをすました航志朗が入れ替わりでバスルームにやって来た。髪を乾かし終えたばかりの安寿に航志朗は笑顔で言った。

 「すぐに出るから、先にベッドで待ってて」

 その言葉を聞いた安寿は呼吸が苦しくなってきた。買ってもらったばかりの三冊の絵本を胸に押さえつけるように抱えて、安寿は二階に上がった。すでにベッドは洗濯したばかりのシーツが敷かれていた。安寿はレースカーテンを開けて窓の外を見た。今日は曇り空のためか、いくつかの星がうっすらと光っているのが見えただけだった。深いため息をついてからタオルケットで身体を包み、安寿はベッドの上で絵本を広げた。まったく頭に入ってこない。絵本を閉じてから寝たふりをしようかと考えたが、安寿は首を振って絵本の表紙を意味もなく指でなぞった。

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