今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
小柴の研究室のソファに座って、航志朗は自分で淹れた濃いめのココアを飲んでいた。
(あの教授、人がよさそうじゃないか。失礼ながら、うだつが上がらない感じはするが)
航志朗は紙コップを持ったまま立ち上がると、窓辺に行って清華美術大学の校舎を見渡した。近代的な建物の中で美大生たちが作品に向かい合っていたり、何かの講義を受けている姿が目に入った。壇上に立つ若い講師を遠目に見ながら航志朗は思った。
(皓貴さんのことは当面の間は保留でいいのかもしれない。いつかきちんと話をつけなければならない日が来るんだろうが、まず安寿の心身が完全に回復するのが先だ)
ココアを飲み干した空の紙コップをダストボックスに放り投げてから、ソファに座った航志朗は腕を組んで深いため息をついた。
(とりあえずパリでの契約が切れたら、ずっと断ってきた日本からのオファーを受けることにするか。そうすれば、安寿のそばにいられる時間が長くなる。そして、いずれ日本に拠点を移す。……安寿と一緒に暮らすために)
ゼミの講義が終わって安寿だけが小柴の研究室に戻って来た。ドアを開けると航志朗がソファに寄りかかって居眠りをしているのが見えた。顔をゆがめて安寿は航志朗の前に立ちすくんだ。
(航志朗さん、とても疲れている。私のせいだ)
「ん……、安寿、講義は終わったのか?」
目を覚ました航志朗が言った。
「はい。航志朗さん、岸家に帰りましょうか」
「安寿。俺、お腹が空いた。せっかくだから学食で昼食を食べていかないか?」
「はい、そうしましょうか。大翔くんと容さんも一緒に」
安寿と航志朗は大学のカフェテリアに行った。後期の初日ということもあって、学生の姿はまばらだった。スマートフォンを使って連絡を取ると、大翔はこれからアルバイトがあるからと言い、容の方はすでに帰途に着いていた。結局、安寿と航志朗はふたりきりで昼食をとった。航志朗はカツカレーで、安寿はミックスサンドイッチを選んだ。
おいしそうにカレーを口に運びながら、航志朗がなんとはなしに言った。
「大盛りのカツカレーがサラダ付きで、四百四十円か。ずいぶんとリーズナブルなんだな。シンガポールのホーカーセンター並みだ」
「ホーカーセンター?」
「ああ、ローカルフードの屋台を集めた半屋外のフードコートのような場所だよ。街のいたるところにある。シンガポールは共働きが多くて、一日三食外食するのは当たり前だからな。ヴィーなんて一度も料理をしたことがないんじゃないか」
「本当ですか! ご結婚されていて、お子さんがいらっしゃるのに? ちょっとうらやましいかも」
目を見開いた航志朗がすかさず言った。
「うらやましい? じゃあ、シンガポールで一緒に暮らそうか、安寿?」
あわてて安寿は卵サンドを持ち上げてかじりついた。
安寿の飲みかけのグレープフルーツジュースを飲んでから、ふと航志朗は思った。
(そうか、安寿をシンガポールに連れて行くっていう選択肢もあるんだな。もちろん、彼女が大学を卒業してからだけど)
その時、安寿と航志朗は声を掛けられた。
「あれ? 安寿さんじゃないですか。それに岸さんも」
(あの教授、人がよさそうじゃないか。失礼ながら、うだつが上がらない感じはするが)
航志朗は紙コップを持ったまま立ち上がると、窓辺に行って清華美術大学の校舎を見渡した。近代的な建物の中で美大生たちが作品に向かい合っていたり、何かの講義を受けている姿が目に入った。壇上に立つ若い講師を遠目に見ながら航志朗は思った。
(皓貴さんのことは当面の間は保留でいいのかもしれない。いつかきちんと話をつけなければならない日が来るんだろうが、まず安寿の心身が完全に回復するのが先だ)
ココアを飲み干した空の紙コップをダストボックスに放り投げてから、ソファに座った航志朗は腕を組んで深いため息をついた。
(とりあえずパリでの契約が切れたら、ずっと断ってきた日本からのオファーを受けることにするか。そうすれば、安寿のそばにいられる時間が長くなる。そして、いずれ日本に拠点を移す。……安寿と一緒に暮らすために)
ゼミの講義が終わって安寿だけが小柴の研究室に戻って来た。ドアを開けると航志朗がソファに寄りかかって居眠りをしているのが見えた。顔をゆがめて安寿は航志朗の前に立ちすくんだ。
(航志朗さん、とても疲れている。私のせいだ)
「ん……、安寿、講義は終わったのか?」
目を覚ました航志朗が言った。
「はい。航志朗さん、岸家に帰りましょうか」
「安寿。俺、お腹が空いた。せっかくだから学食で昼食を食べていかないか?」
「はい、そうしましょうか。大翔くんと容さんも一緒に」
安寿と航志朗は大学のカフェテリアに行った。後期の初日ということもあって、学生の姿はまばらだった。スマートフォンを使って連絡を取ると、大翔はこれからアルバイトがあるからと言い、容の方はすでに帰途に着いていた。結局、安寿と航志朗はふたりきりで昼食をとった。航志朗はカツカレーで、安寿はミックスサンドイッチを選んだ。
おいしそうにカレーを口に運びながら、航志朗がなんとはなしに言った。
「大盛りのカツカレーがサラダ付きで、四百四十円か。ずいぶんとリーズナブルなんだな。シンガポールのホーカーセンター並みだ」
「ホーカーセンター?」
「ああ、ローカルフードの屋台を集めた半屋外のフードコートのような場所だよ。街のいたるところにある。シンガポールは共働きが多くて、一日三食外食するのは当たり前だからな。ヴィーなんて一度も料理をしたことがないんじゃないか」
「本当ですか! ご結婚されていて、お子さんがいらっしゃるのに? ちょっとうらやましいかも」
目を見開いた航志朗がすかさず言った。
「うらやましい? じゃあ、シンガポールで一緒に暮らそうか、安寿?」
あわてて安寿は卵サンドを持ち上げてかじりついた。
安寿の飲みかけのグレープフルーツジュースを飲んでから、ふと航志朗は思った。
(そうか、安寿をシンガポールに連れて行くっていう選択肢もあるんだな。もちろん、彼女が大学を卒業してからだけど)
その時、安寿と航志朗は声を掛けられた。
「あれ? 安寿さんじゃないですか。それに岸さんも」