今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
岸家に戻るとすぐに航志朗は荷物をまとめた。安寿も自室に行ってマウンテンリュックサックに一泊分の荷物を詰めた。航志朗が咲にあいさつをしようと台所に向かうと、大きな風呂敷包みの前に立って咲が待ち構えていた。
「航志朗坊っちゃん、今夜のお夕食です。どうぞ、安寿さまとご一緒にお召しあがりくださいませ」
(さすが咲さんだ……)
完全に感服した航志朗は咲に頭を下げて言った。
「咲さん、いつも本当にありがとうございます。留守の間、安寿のことをよろしくお願いします」
「咲におまかせくださいませ、航志朗坊っちゃん。ところで、お出かけになられる前に、ひとこと申しあげてもよろしいでしょうか?」
「はい。なんですか、咲さん?」
咲は両手を腰に当ててひと息にまくしたてた。
「航志朗坊っちゃん、お仕事に行かれている間も、まめに安寿さまにご連絡をしてあげてくださいませ。以前、安寿さまから航志朗坊っちゃんと連絡を取り合っていないとお聞きして、咲は大変驚きました。お一人で残された安寿さまのお気持ちをよくよくお考えください。航志朗坊っちゃん、よろしいですね!」
「……わかりました。今後そうします」
航志朗は肩を落とした。確かに咲の言う通りだ。
風呂敷包みを抱えて航志朗は岸家の玄関に向かった。すでに安寿がマウンテンリュックサックを背負って待っていた。
「安寿、行こうか」
安寿は下に目線を向けてうなずいた。
すでに外は真っ暗だ。安寿と航志朗は車に乗り込んだ。金曜日の夜の車道はやや混んでいた。車内でふたりはずっと沈黙したままだった。安寿は自分の胸の鼓動が激しく脈打つのを感じていた。
(明日になったら、航志朗さんとまたしばらく会えなくなる。今夜、私、どうしたらいいの?)
航志朗も胸の高鳴りを押さえられなかった。どうしても安寿に対して甘い期待をしてしまう。
(明日また安寿と遠く離れることになる。今夜、俺はどうすればいいんだ?)
一時間ほどかかって航志朗のマンションの駐車場に到着した。ハンドブレーキをかけると航志朗がつぶやいた。
「お腹が空いたな、安寿」
「そうですね。もう八時を過ぎていますから」
マンションの鍵を開けて中に入ると、航志朗は安寿を抱きしめようとしたが、なんとかこらえた。すぐに安寿はキッチンに行って湯を沸かし始めた。航志朗はバスタブに湯を張った。ダイニングテーブルの上で重箱を開けると、いつもの咲の手料理が彩りよく並んでいた。さっそくふたりは食べ始めた。重箱の中身は食べきれないほど大量に詰められていた。おそらく咲が気を利かせて明日の朝食の分も用意してくれたのだろう。食後にソファに移動してほうじ茶を飲んでひと息つくと、安寿が言った。
「航志朗さん、先にお風呂どうぞ」
航志朗はうなずいたが、何か言いたげだ。マグカップを安寿の手からそっと取り上げてダイニングテーブルに置くと、航志朗は安寿の手を握った。胸をどきっとさせて安寿はうつむいた。
「安寿、顔を上げて俺を見ろ」
安寿は航志朗の琥珀色の瞳を見つめた。青ざめたとても哀しい色彩を帯びている。安寿は胸がきつくしめつけられた。
(私のせいだ。私が愚かだから、こんなにも彼に迷惑をかけてしまって)
静かに航志朗は言った。
「安寿、今、君にキスしてもいいか?」
安寿は瞳をわずかに潤ませただけだった。
また航志朗は安寿の目を見て言った。
「安寿、今、君を抱きしめてもいいか?」
安寿の瞳から涙がこぼれ落ちた。それに構わず安寿はまた繰り返して言った。
「……航志朗さん、先にお風呂どうぞ」
目を下に落として航志朗は安寿の手を離すと、立ち上がってリビングルームを出て行った。ソファに一人残された安寿は両手で顔を覆った。
「航志朗坊っちゃん、今夜のお夕食です。どうぞ、安寿さまとご一緒にお召しあがりくださいませ」
(さすが咲さんだ……)
完全に感服した航志朗は咲に頭を下げて言った。
「咲さん、いつも本当にありがとうございます。留守の間、安寿のことをよろしくお願いします」
「咲におまかせくださいませ、航志朗坊っちゃん。ところで、お出かけになられる前に、ひとこと申しあげてもよろしいでしょうか?」
「はい。なんですか、咲さん?」
咲は両手を腰に当ててひと息にまくしたてた。
「航志朗坊っちゃん、お仕事に行かれている間も、まめに安寿さまにご連絡をしてあげてくださいませ。以前、安寿さまから航志朗坊っちゃんと連絡を取り合っていないとお聞きして、咲は大変驚きました。お一人で残された安寿さまのお気持ちをよくよくお考えください。航志朗坊っちゃん、よろしいですね!」
「……わかりました。今後そうします」
航志朗は肩を落とした。確かに咲の言う通りだ。
風呂敷包みを抱えて航志朗は岸家の玄関に向かった。すでに安寿がマウンテンリュックサックを背負って待っていた。
「安寿、行こうか」
安寿は下に目線を向けてうなずいた。
すでに外は真っ暗だ。安寿と航志朗は車に乗り込んだ。金曜日の夜の車道はやや混んでいた。車内でふたりはずっと沈黙したままだった。安寿は自分の胸の鼓動が激しく脈打つのを感じていた。
(明日になったら、航志朗さんとまたしばらく会えなくなる。今夜、私、どうしたらいいの?)
航志朗も胸の高鳴りを押さえられなかった。どうしても安寿に対して甘い期待をしてしまう。
(明日また安寿と遠く離れることになる。今夜、俺はどうすればいいんだ?)
一時間ほどかかって航志朗のマンションの駐車場に到着した。ハンドブレーキをかけると航志朗がつぶやいた。
「お腹が空いたな、安寿」
「そうですね。もう八時を過ぎていますから」
マンションの鍵を開けて中に入ると、航志朗は安寿を抱きしめようとしたが、なんとかこらえた。すぐに安寿はキッチンに行って湯を沸かし始めた。航志朗はバスタブに湯を張った。ダイニングテーブルの上で重箱を開けると、いつもの咲の手料理が彩りよく並んでいた。さっそくふたりは食べ始めた。重箱の中身は食べきれないほど大量に詰められていた。おそらく咲が気を利かせて明日の朝食の分も用意してくれたのだろう。食後にソファに移動してほうじ茶を飲んでひと息つくと、安寿が言った。
「航志朗さん、先にお風呂どうぞ」
航志朗はうなずいたが、何か言いたげだ。マグカップを安寿の手からそっと取り上げてダイニングテーブルに置くと、航志朗は安寿の手を握った。胸をどきっとさせて安寿はうつむいた。
「安寿、顔を上げて俺を見ろ」
安寿は航志朗の琥珀色の瞳を見つめた。青ざめたとても哀しい色彩を帯びている。安寿は胸がきつくしめつけられた。
(私のせいだ。私が愚かだから、こんなにも彼に迷惑をかけてしまって)
静かに航志朗は言った。
「安寿、今、君にキスしてもいいか?」
安寿は瞳をわずかに潤ませただけだった。
また航志朗は安寿の目を見て言った。
「安寿、今、君を抱きしめてもいいか?」
安寿の瞳から涙がこぼれ落ちた。それに構わず安寿はまた繰り返して言った。
「……航志朗さん、先にお風呂どうぞ」
目を下に落として航志朗は安寿の手を離すと、立ち上がってリビングルームを出て行った。ソファに一人残された安寿は両手で顔を覆った。