今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
航志朗が空港に向かう時間が来た。やっとのことで出かける支度をした航志朗は、ソファにぐったりと座り込んだパジャマ姿の安寿を抱きしめて言った。
「安寿、やっぱり君をここに一人で置いて行けない」
「航志朗さん、私は大丈夫。心配しないで」
唇を噛んで安寿は力なく微笑んだ。
「そんな顔をした君を置いて行けるわけがないだろ」
航志朗は琥珀色の瞳を潤ませた。
透き通ったピュアな瞳で安寿は航志朗を見つめた。安寿が見えない何かを見ているような気がして、航志朗は胸の鼓動が早まった。安寿は航志朗の両頬に手を置いて言った。
「航志朗さん、聞いて。私ね、航志朗さんの背中に大きな翼が見えるような気がする。力強くて、とても美しい翼よ。私、ずっと思っていた。航志朗さんには大空がとてもよく似合う。だから、飛び立って。あなたの心のおもむくままに」
「安寿、俺と一緒に来てほしい。もう俺は一人で飛び立つのは嫌だ」
安寿は哀しそうな瞳を浮かべて言った。
「それはできません。だって、私には翼がないんだもの」
「そんなことはない。俺は知っている。君は白い翼を持っている」
その瞬間、夢から覚めたような瞳の色を浮かべて安寿は言った。
「……『白い翼』? 偶然ですね。私、これから白い翼の絵を描こうと思っているんです」
「本当か? それは楽しみだな」
安寿と航志朗は顔を見合わせて微笑んだ。
「そうだ、安寿。今度のデートはどこに行きたいか、考えておけよ」
はにかみながら安寿は航志朗を上目遣いで見つめた。そのあまりの可愛らしさに胸を高鳴らせて航志朗はまた安寿に唇を押しつけた。
予約したタクシーがエントランスに到着した。航志朗はスーツケースとブリーフケースを抱えて玄関から一歩踏み出した。振り返ると安寿が微笑みながら言った。
「航志朗さん、お気をつけて」
「うん。安寿、いってくる」
「いってらっしゃい、航志朗さん」
安寿は航志朗を振りきるように玄関ドアを勢いをつけて閉めた。耳をすますとスーツケースを引く音がだんだん遠くなっていく。安寿はドアに背中を押しつけて、ずるずるとその場にしゃがみこんだ。
ドアの前で身体を丸めてしばらく安寿は座り込んでいた。とっくに安寿の涙は涸れていた。目を思いきりつむっても、もう涙は出てこなかった。尻が冷えてしまったのを感じて、安寿はすぐに明るい光が差し込むバスルームに行って熱い湯をたっぷりと張った。目を固く閉じてパジャマを脱いだ安寿は手探りでバスタブに浸かった。両手を湯の中でよくこすり合わせてから、安寿はゆっくりと目を開けて自分の両手を見つめた。
全然黒くなんて染まっていない。太陽の光に照らされて白く光っている。安寿は両手を合わせて祈るように握りしめた。
(私の大切な大切な手。この手はママからもらったもの。それに、一度も会えなかったお父さんからも。これからも私はこの手で自分の絵を描いていこう)
安寿はバスタブから立ち上がると、バスルームから出て丁寧に身体を拭いた。そして、裸のままで洗面台の鏡の前に立って、髪をドライヤーで乾かし始めた。久しぶりに自分の身体と対面する。どこも汚れていない、まっさらな私の身体だ。航志朗の言葉を思い出して安寿は身体をひねって背中を鏡に映したが、白い翼は見えなかった。
「安寿、やっぱり君をここに一人で置いて行けない」
「航志朗さん、私は大丈夫。心配しないで」
唇を噛んで安寿は力なく微笑んだ。
「そんな顔をした君を置いて行けるわけがないだろ」
航志朗は琥珀色の瞳を潤ませた。
透き通ったピュアな瞳で安寿は航志朗を見つめた。安寿が見えない何かを見ているような気がして、航志朗は胸の鼓動が早まった。安寿は航志朗の両頬に手を置いて言った。
「航志朗さん、聞いて。私ね、航志朗さんの背中に大きな翼が見えるような気がする。力強くて、とても美しい翼よ。私、ずっと思っていた。航志朗さんには大空がとてもよく似合う。だから、飛び立って。あなたの心のおもむくままに」
「安寿、俺と一緒に来てほしい。もう俺は一人で飛び立つのは嫌だ」
安寿は哀しそうな瞳を浮かべて言った。
「それはできません。だって、私には翼がないんだもの」
「そんなことはない。俺は知っている。君は白い翼を持っている」
その瞬間、夢から覚めたような瞳の色を浮かべて安寿は言った。
「……『白い翼』? 偶然ですね。私、これから白い翼の絵を描こうと思っているんです」
「本当か? それは楽しみだな」
安寿と航志朗は顔を見合わせて微笑んだ。
「そうだ、安寿。今度のデートはどこに行きたいか、考えておけよ」
はにかみながら安寿は航志朗を上目遣いで見つめた。そのあまりの可愛らしさに胸を高鳴らせて航志朗はまた安寿に唇を押しつけた。
予約したタクシーがエントランスに到着した。航志朗はスーツケースとブリーフケースを抱えて玄関から一歩踏み出した。振り返ると安寿が微笑みながら言った。
「航志朗さん、お気をつけて」
「うん。安寿、いってくる」
「いってらっしゃい、航志朗さん」
安寿は航志朗を振りきるように玄関ドアを勢いをつけて閉めた。耳をすますとスーツケースを引く音がだんだん遠くなっていく。安寿はドアに背中を押しつけて、ずるずるとその場にしゃがみこんだ。
ドアの前で身体を丸めてしばらく安寿は座り込んでいた。とっくに安寿の涙は涸れていた。目を思いきりつむっても、もう涙は出てこなかった。尻が冷えてしまったのを感じて、安寿はすぐに明るい光が差し込むバスルームに行って熱い湯をたっぷりと張った。目を固く閉じてパジャマを脱いだ安寿は手探りでバスタブに浸かった。両手を湯の中でよくこすり合わせてから、安寿はゆっくりと目を開けて自分の両手を見つめた。
全然黒くなんて染まっていない。太陽の光に照らされて白く光っている。安寿は両手を合わせて祈るように握りしめた。
(私の大切な大切な手。この手はママからもらったもの。それに、一度も会えなかったお父さんからも。これからも私はこの手で自分の絵を描いていこう)
安寿はバスタブから立ち上がると、バスルームから出て丁寧に身体を拭いた。そして、裸のままで洗面台の鏡の前に立って、髪をドライヤーで乾かし始めた。久しぶりに自分の身体と対面する。どこも汚れていない、まっさらな私の身体だ。航志朗の言葉を思い出して安寿は身体をひねって背中を鏡に映したが、白い翼は見えなかった。