今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 「航志朗さん、痛い……」

 航志朗のこわばった背中を見つめながら安寿は訴えた。何も言わずに航志朗は安寿を強引に引っぱって安寿の部屋に連れて行った。航志朗は大きな音を立ててドアを閉めると、ベッドの上に安寿を押し倒して覆いかぶさった。

 「安寿、どこにも誰のところにも行くな。ずっと俺だけを見て、俺のそばにいてくれ」

 しぼり出すような低い声で言うと航志朗は荒々しく安寿の身体を抱きしめた。

 (いったい私はなんて答えたらいいの。私はどこにも行けないし、私たちはいずれ別れなくてはならないのに)

 おぼつかない手つきで安寿は航志朗の背中に腕を回して、精いっぱいがんばって明るく航志朗に言った。

 「航志朗さん、おかえりなさい。本当に、あなたはいつも、私の前に突然現れるんですね」

 安寿は航志朗に向かって一生懸命に微笑んだ。航志朗は目を見張らせた。

 (「おかえりなさい」か。……そうだ、俺は安寿のところに帰って来たんだ)

 ふたりは飽くことなく見つめ合うが、つい航志朗は安寿の胸元に視線を向けてしまう。言いわけするようにあせりながら航志朗が言った。

 「ただいま、安寿……、なんて悠長に言っている場合じゃない。そんな格好をしていたら、俺は目のやり場に困るだろ!」

 顔を赤らめながら安寿はおずおずと身を縮めて両腕で胸を隠した。その姿がまた航志朗の視覚をたまらなく刺激する。航志朗は安寿の耳元から首筋に唇を這わせて、安寿の両腕に手を滑り込ませた。薄絹の上から胸を触られて身体の奥が熱を帯びるが、すぐに苦しげな表情をした安寿は航志朗の手を強く押さえて言った。

 「航志朗さん、私、着替えます。目をつむっていてください」

 その突き放されたような口調に航志朗は切なそうにため息をついた。

 白いタートルネックのセーターを被ってグレーのウールのプリーツスカートを穿いた安寿は、航志朗の隣に座って言った。

 「着替え終わりましたよ、航志朗さん」

 航志朗は目を開けたとたんに熱いまなざしで言い出した。

 「グレーの服を着ているのを見ると、君が高校生だった時のことを思い出すよ。俺の気持ちは今も昔も変わらない。俺はたまらないほど君が愛おしい、安寿」

 いきなり航志朗の口からくり出された甘い告白に安寿は頬を赤らめてうつむいた。航志朗は安寿を抱き寄せた。安寿は航志朗の胸に顔を押しつけて気づいた。初めて見る航志朗が着たネイビーのセーターに特徴的な模様が編み込まれている。心を込めて丁寧に編まれているのがよくわかる。厚手でとても温かそうだ。

 安寿は航志朗が着たセーターの模様を指でなぞるように触れて言った。

 「航志朗さん、素敵なセーターを着ていますね。もしかして手編みですか?」

 ふと安寿は航志朗の昔の彼女が編んでくれた思い出のセーターなのかもしれないと思った。

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