今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
安寿はマンションに泊まる準備をした。意外にも大荷物になった。まず安寿はベージュのウールコートを羽織って、黒革のショルダーバッグを肩に斜め掛けした。それから、かさばる着替えを詰めたスーツケースを引いて、父の油絵具の道具を入れたトートバッグと大きな黒いキャンバスバッグを抱えて玄関に向かった。
玄関では、航志朗と風呂敷包みを胸に抱いた咲が待っていた。黙って航志朗は安寿の荷物を受け取って肩に掛けた。
微笑した咲が安寿に言った。
「安寿さま、いってらっしゃいませ。どうぞ、航志朗坊っちゃんとよいお年をお迎えくださいませ」
頬を赤らめて安寿は言った。
「ありがとうございます。咲さんもどうぞ伊藤さんとよいお年をお迎えください」
安寿と航志朗は伊藤が運転する車の後部座席に乗り込んだ。いつまでも咲が大きく手を振ってふたりを見送った。
車の中で航志朗はしっかりと安寿の手を握った。その手もとても温かい。心から嬉しくなった安寿は暗闇のなかで航志朗を見つめて微笑んだ。航志朗も安寿を見て微笑んだ。その微笑みに安寿は胸がしめつけられた。岸が新作に取り組むようになってから、安寿はあるほの暗い予感に胸を詰まらせていた。
(あの作品は、岸先生が私をモデルにする最後の作品になるのかもしれない。華鶴さんは春が来るまでに完成させてほしいっておっしゃっていた。来年の春に私たちは離婚することになる。……きっと)
思わず安寿は航志朗の手を力を込めて握った。
一時間ほどで航志朗のマンションに到着した。伊藤も車を降りて安寿と航志朗に言った。
「それではこれで失礼いたします。大みそかにおせち料理をお持ちいたします。では、またその時に。おやすみなさいませ」
しごく事務的に言って伊藤はお辞儀をした。礼を言って安寿と航志朗も頭を下げた。
外は真っ暗だ。すみきった夜空にはいくつかの星がまたたくのが見えた。急に乾いた寒い風が吹いてきて、それは安寿と航志朗の距離をいっそう縮めた。ふたりは身を寄せ合って身体を震わせた。
「東京は寒いな。今朝までシンガポールにいたから、なおさら寒く感じるよ」
航志朗はアイスランドで購入したダウンジャケットのファスナーを顎の下まで引っぱり上げた。
「お風呂に入って温まりましょう、航志朗さん」
「そうだな」
玄関では、航志朗と風呂敷包みを胸に抱いた咲が待っていた。黙って航志朗は安寿の荷物を受け取って肩に掛けた。
微笑した咲が安寿に言った。
「安寿さま、いってらっしゃいませ。どうぞ、航志朗坊っちゃんとよいお年をお迎えくださいませ」
頬を赤らめて安寿は言った。
「ありがとうございます。咲さんもどうぞ伊藤さんとよいお年をお迎えください」
安寿と航志朗は伊藤が運転する車の後部座席に乗り込んだ。いつまでも咲が大きく手を振ってふたりを見送った。
車の中で航志朗はしっかりと安寿の手を握った。その手もとても温かい。心から嬉しくなった安寿は暗闇のなかで航志朗を見つめて微笑んだ。航志朗も安寿を見て微笑んだ。その微笑みに安寿は胸がしめつけられた。岸が新作に取り組むようになってから、安寿はあるほの暗い予感に胸を詰まらせていた。
(あの作品は、岸先生が私をモデルにする最後の作品になるのかもしれない。華鶴さんは春が来るまでに完成させてほしいっておっしゃっていた。来年の春に私たちは離婚することになる。……きっと)
思わず安寿は航志朗の手を力を込めて握った。
一時間ほどで航志朗のマンションに到着した。伊藤も車を降りて安寿と航志朗に言った。
「それではこれで失礼いたします。大みそかにおせち料理をお持ちいたします。では、またその時に。おやすみなさいませ」
しごく事務的に言って伊藤はお辞儀をした。礼を言って安寿と航志朗も頭を下げた。
外は真っ暗だ。すみきった夜空にはいくつかの星がまたたくのが見えた。急に乾いた寒い風が吹いてきて、それは安寿と航志朗の距離をいっそう縮めた。ふたりは身を寄せ合って身体を震わせた。
「東京は寒いな。今朝までシンガポールにいたから、なおさら寒く感じるよ」
航志朗はアイスランドで購入したダウンジャケットのファスナーを顎の下まで引っぱり上げた。
「お風呂に入って温まりましょう、航志朗さん」
「そうだな」