今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
どうしてもほころんでしまう口元を航志朗はパリの曇り空に向けた。滞在先のホテルから仕事場のある国立美術館まで軽い足取りで向かう。ダウンジャケットのポケットに入れた左手の薬指につけられた結婚指輪の感触に航志朗は胸を弾ませた。
(安寿、今すぐに君を抱きしめたいよ。俺のことを心待ちにしていてくれる君に!)
パリに戻った航志朗には正真正銘の緊急会議が待っていた。航志朗は安寿を腕の中に抱きしめるようにして、安寿が描いた白い翼の絵を持って美術館のミーティングルームに向かった。すでに航志朗の胸のなかには揺るぎない自信があった。
成田からパリへ向かう飛行機の中である出来事が起こった。大きな安寿の白い翼の絵を抱えてビジネスクラスに乗り込んだ航志朗に、チーフパーサーがフランス語で声をかけた。
「ムッシュ・キシですね? 大型の絵画の機内持ち込みの件、承っております」
事前に航志朗は航空会社と交渉してビジネスクラスの正規料金の二席分を支払い、安寿の絵を機内持ち込み手荷物にしてもらっていた。過去に父の絵を顧客に運んだ時は一席分だったが、今回はそれよりもずっと大きい絵だ。その倍はかかって当然だ。それに安寿の絵が国立美術館に採用されれば、その料金は経費で落とせる。コスト削減なんてこの際どうでもいい。
チーフパーサーはちらっとキャンバスバッグを見て言った。
「念のため、中身を簡単に確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんいいですよ」
チーフパーサーの目の前で航志朗はキャンバスバッグのファスナーを一気に開けた。あまりの簡易的な梱包にチーフパーサーは内心驚いた。いとも簡単にキャンバスを取り出して航志朗は堂々と見せた。周囲に感嘆の声があがったのをもちろん航志朗は聞き逃さなかった。白い翼の絵を見ると、チーフパーサーは大きく目を見開いて動かなくなった。航志朗は内心可笑しくなったが、冷静沈着な様子で尋ねた。
「何か問題でも?」
その時、航志朗の背後からたどたどしい小さな男の子の声がした。
「ママン、すごいよ! おっきくて、まっしろなつばさのえだよ! ぼく、いっしょにしゃしんをとりたいよう」
「まあ、とても美しい絵ね! でも、もう出発時刻だから、あとでママンが頼んであげるわね。さあ、マチュー、きちんとシートベルトを締めましょうね」
その会話を耳に聞き入れてにやっと笑った航志朗は、安寿の絵をキャンバスバッグに収めると座席に座ってシートベルトを装着した。航志朗は胸が弾んで仕方がなかった。
(もし、今、安寿が俺の隣に座っていたら、きっと彼女は笑顔になっていたんだろうな)
美術館のミーティングルームには、プロジェクトチームのメンバーと室長、事務局長が全員揃い、館長と二名の理事まで着席していた。
ドミニクが駆け寄ってきて航志朗の両頬にビズして言った。
「おかえりなさい、コーシ! あなたを待っていたわよ」
「俺じゃなくて、この絵を待っていたんだろう? ドミニク」
グリーンの瞳を泳がせてドミニクは肩をすくめた。
航志朗はキャンバスバッグを開けて安寿の白い翼の絵を取り出した。一瞬でミーティングルームが静まり返った。航志朗の脳裏には安寿の微笑みだけが思い浮かんでいた。
生で安寿の絵を見たプロジェクトチームのメンバーたちが、後ろから航志朗の肩や背中をたたいて激励した。室長と事務局長はメンバーたちのはしゃいだ様子を見て笑い出し、理事たちは互いに顔を見合わせた。
目を潤ませた館長が両手を差し伸べて安寿の絵に近寄って来た。丁重に航志朗は安寿の絵を館長に手渡した。それは神聖なる儀式のようだった。白い翼の絵を手にした館長がキャンバスを空に掲げて叫んだ。
「素晴らしい! 我が美術館は、未来に羽ばたく新しい翼を手に入れた!」
(安寿、今すぐに君を抱きしめたいよ。俺のことを心待ちにしていてくれる君に!)
パリに戻った航志朗には正真正銘の緊急会議が待っていた。航志朗は安寿を腕の中に抱きしめるようにして、安寿が描いた白い翼の絵を持って美術館のミーティングルームに向かった。すでに航志朗の胸のなかには揺るぎない自信があった。
成田からパリへ向かう飛行機の中である出来事が起こった。大きな安寿の白い翼の絵を抱えてビジネスクラスに乗り込んだ航志朗に、チーフパーサーがフランス語で声をかけた。
「ムッシュ・キシですね? 大型の絵画の機内持ち込みの件、承っております」
事前に航志朗は航空会社と交渉してビジネスクラスの正規料金の二席分を支払い、安寿の絵を機内持ち込み手荷物にしてもらっていた。過去に父の絵を顧客に運んだ時は一席分だったが、今回はそれよりもずっと大きい絵だ。その倍はかかって当然だ。それに安寿の絵が国立美術館に採用されれば、その料金は経費で落とせる。コスト削減なんてこの際どうでもいい。
チーフパーサーはちらっとキャンバスバッグを見て言った。
「念のため、中身を簡単に確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんいいですよ」
チーフパーサーの目の前で航志朗はキャンバスバッグのファスナーを一気に開けた。あまりの簡易的な梱包にチーフパーサーは内心驚いた。いとも簡単にキャンバスを取り出して航志朗は堂々と見せた。周囲に感嘆の声があがったのをもちろん航志朗は聞き逃さなかった。白い翼の絵を見ると、チーフパーサーは大きく目を見開いて動かなくなった。航志朗は内心可笑しくなったが、冷静沈着な様子で尋ねた。
「何か問題でも?」
その時、航志朗の背後からたどたどしい小さな男の子の声がした。
「ママン、すごいよ! おっきくて、まっしろなつばさのえだよ! ぼく、いっしょにしゃしんをとりたいよう」
「まあ、とても美しい絵ね! でも、もう出発時刻だから、あとでママンが頼んであげるわね。さあ、マチュー、きちんとシートベルトを締めましょうね」
その会話を耳に聞き入れてにやっと笑った航志朗は、安寿の絵をキャンバスバッグに収めると座席に座ってシートベルトを装着した。航志朗は胸が弾んで仕方がなかった。
(もし、今、安寿が俺の隣に座っていたら、きっと彼女は笑顔になっていたんだろうな)
美術館のミーティングルームには、プロジェクトチームのメンバーと室長、事務局長が全員揃い、館長と二名の理事まで着席していた。
ドミニクが駆け寄ってきて航志朗の両頬にビズして言った。
「おかえりなさい、コーシ! あなたを待っていたわよ」
「俺じゃなくて、この絵を待っていたんだろう? ドミニク」
グリーンの瞳を泳がせてドミニクは肩をすくめた。
航志朗はキャンバスバッグを開けて安寿の白い翼の絵を取り出した。一瞬でミーティングルームが静まり返った。航志朗の脳裏には安寿の微笑みだけが思い浮かんでいた。
生で安寿の絵を見たプロジェクトチームのメンバーたちが、後ろから航志朗の肩や背中をたたいて激励した。室長と事務局長はメンバーたちのはしゃいだ様子を見て笑い出し、理事たちは互いに顔を見合わせた。
目を潤ませた館長が両手を差し伸べて安寿の絵に近寄って来た。丁重に航志朗は安寿の絵を館長に手渡した。それは神聖なる儀式のようだった。白い翼の絵を手にした館長がキャンバスを空に掲げて叫んだ。
「素晴らしい! 我が美術館は、未来に羽ばたく新しい翼を手に入れた!」