今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
再びタクシーに乗って航志朗は岸家に向かった。東京の厳しく冷え込んだ空気に航志朗はやっと気づいた。
(今年の日本の冬は、フィンランドよりも寒いんだな……)
タイヤチェーンを装着した自動車が目につく。道ばたには厚い雪が積み重なっている。遠目に見えてきた岸家の屋敷も後ろに見える森の樹々も真っ白な雪に覆われていた。手がしびれるほど冷えたロートアイアンの門を開けて敷地内に入った。屋敷はひっそりとしていて誰も出てこない。一度深呼吸してから航志朗はインターホンを鳴らした。手に握った免税店のショッピングバッグを持ち直す。ゆっくりと玄関ドアが開いて、暗い面持ちをした咲の姿が目に入った。
「航志朗坊っちゃん……」
咲は航志朗の腕を握って下を向いた。
航志朗は咲の温かい手を握ってうなずいてから言った。
「咲さん、ただいま帰りました。留守中いろいろありがとうございました。先程、大学病院に行って来ました」
「そうでしたか……」
「安寿は?」
「お部屋にいらっしゃると思います」
スーツケースとショッピングバッグを玄関に置いて階段を上り始めた航志朗に咲が言い添えた。
「航志朗坊っちゃん、安寿さまが……」
咲は目に涙を浮かべてうつむいた。航志朗は表情をこわばらせて階段の手すりを強く握りしめた。
「私、安寿さまがとても心配です。もちろん、だんなさまのお身体も心配ですが」
突如として航志朗は走り出した。暗い二階の長い廊下を疾走して、ノックもせずに安寿の部屋のドアを開け放った。
「安寿! 今、帰ったよ。待たせてすまなかった」
航志朗はすぐに安寿を腕の中に抱きしめようとしたが、安寿に手を差しのべたままで硬直した。
意外にも冷静な表情をした安寿がデスクの前の椅子から立ち上がって、航志朗に向かって丁寧にお辞儀をして言った。
「おかえりなさいませ、岸さん」
「は? 何言ってるんだよ、安寿」
安寿は無表情だ。まったく安寿の感情が読めない。
立ちすくんだ航志朗の目の前で、安寿はカーペットの上に正座すると両手をついて頭を深々と下げながら言った。
「岸さん。このたびは、私の所為で、岸先生のお身体を損なってしまいました。おわびしてもし足りませんが、謝罪させてください。大変申しわけありませんでした」
「……安寿? いったいどうしたんだ」
安寿はうつむいたまま航志朗と目を合わせない。
たまらずに航志朗は安寿の身体を抱きしめた。だが、手ごたえがない。安寿の形をした人形を抱いているかのようだ。それでも航志朗は安寿の身体に回した腕の力を強めた。
「安寿、父のことは君のせいじゃない。君が責任を感じる必要はまったくない」
冷ややかとも受け取れる口調で安寿はやけに平坦に言った。
「岸さん、もう私に触らないでください。私たちは離婚するんですから」
がく然とした航志朗は思わず安寿から身を引いた。冷静な表情で安寿は立ち上がって言った。
「これから私はこのお屋敷を出て行く準備をします。申しわけありませんが、この部屋から出ていただけますか」
安寿は依頼しているのではなく、明らかに冷たく拒絶している。うなだれた航志朗は安寿の部屋を黙って出て行くしかなかった。
(今年の日本の冬は、フィンランドよりも寒いんだな……)
タイヤチェーンを装着した自動車が目につく。道ばたには厚い雪が積み重なっている。遠目に見えてきた岸家の屋敷も後ろに見える森の樹々も真っ白な雪に覆われていた。手がしびれるほど冷えたロートアイアンの門を開けて敷地内に入った。屋敷はひっそりとしていて誰も出てこない。一度深呼吸してから航志朗はインターホンを鳴らした。手に握った免税店のショッピングバッグを持ち直す。ゆっくりと玄関ドアが開いて、暗い面持ちをした咲の姿が目に入った。
「航志朗坊っちゃん……」
咲は航志朗の腕を握って下を向いた。
航志朗は咲の温かい手を握ってうなずいてから言った。
「咲さん、ただいま帰りました。留守中いろいろありがとうございました。先程、大学病院に行って来ました」
「そうでしたか……」
「安寿は?」
「お部屋にいらっしゃると思います」
スーツケースとショッピングバッグを玄関に置いて階段を上り始めた航志朗に咲が言い添えた。
「航志朗坊っちゃん、安寿さまが……」
咲は目に涙を浮かべてうつむいた。航志朗は表情をこわばらせて階段の手すりを強く握りしめた。
「私、安寿さまがとても心配です。もちろん、だんなさまのお身体も心配ですが」
突如として航志朗は走り出した。暗い二階の長い廊下を疾走して、ノックもせずに安寿の部屋のドアを開け放った。
「安寿! 今、帰ったよ。待たせてすまなかった」
航志朗はすぐに安寿を腕の中に抱きしめようとしたが、安寿に手を差しのべたままで硬直した。
意外にも冷静な表情をした安寿がデスクの前の椅子から立ち上がって、航志朗に向かって丁寧にお辞儀をして言った。
「おかえりなさいませ、岸さん」
「は? 何言ってるんだよ、安寿」
安寿は無表情だ。まったく安寿の感情が読めない。
立ちすくんだ航志朗の目の前で、安寿はカーペットの上に正座すると両手をついて頭を深々と下げながら言った。
「岸さん。このたびは、私の所為で、岸先生のお身体を損なってしまいました。おわびしてもし足りませんが、謝罪させてください。大変申しわけありませんでした」
「……安寿? いったいどうしたんだ」
安寿はうつむいたまま航志朗と目を合わせない。
たまらずに航志朗は安寿の身体を抱きしめた。だが、手ごたえがない。安寿の形をした人形を抱いているかのようだ。それでも航志朗は安寿の身体に回した腕の力を強めた。
「安寿、父のことは君のせいじゃない。君が責任を感じる必要はまったくない」
冷ややかとも受け取れる口調で安寿はやけに平坦に言った。
「岸さん、もう私に触らないでください。私たちは離婚するんですから」
がく然とした航志朗は思わず安寿から身を引いた。冷静な表情で安寿は立ち上がって言った。
「これから私はこのお屋敷を出て行く準備をします。申しわけありませんが、この部屋から出ていただけますか」
安寿は依頼しているのではなく、明らかに冷たく拒絶している。うなだれた航志朗は安寿の部屋を黙って出て行くしかなかった。