今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 まっさらな朝がやって来た。真冬でも太陽は限りなくその凄まじい光を注いでくれる。

 微笑みを浮かべながら安寿は目を開けた。安寿の目の前には新しい朝の光にその琥珀色の瞳を強く輝かせた航志朗がいた。涙をにじませて安寿は航志朗に抱きついた。航志朗の胸に顔を密着させて、安寿は大声をあげて泣いた。泣きじゃくる安寿を腕の中にきつく抱きしめて航志朗は言った。

 「安寿、本当によかった……」

 「航志朗さん、……航志朗さん!」

 安寿が自分の名前を呼ぶ声に、航志朗は身体じゅうを震えさせて大声で叫んだ。

 「安寿、俺はもう絶対に君を離さない!」

 安寿と航志朗は温かい光のなかに包まれた。航志朗は安寿の身体を支えて、ふたりはゆっくりと起き上がった。安寿は航志朗の手を握りしめて、その優しい色彩を帯びた琥珀色の瞳を見つめて言った。

 「航志朗さん。私、ずっと、あなたに伝えたいことがあった」

 しっかりと安寿の黒い瞳を見て航志朗はうなずいた。

 「今、あなたに私の想いを伝えます」

 安寿の瞳が航志朗の瞳を映して温かく潤む。

 「私はあなたが好き。心からあなたを愛してる」

 航志朗の目から涙がこぼれ落ちた。

 「安寿……」

 「航志朗さん!」

 安寿は航志朗を抱きしめた。かつて子どもの頃の航志朗の部屋だった、ここで。

 明るい朝の光のなかで、安寿と航志朗はきつく抱き合った。

 そこへ廊下から大急ぎで走り寄ってくるふたつの足音が聞こえてきた。ノックもせずにドアが開き、咲と伊藤が部屋に入ってきた。

 咲と伊藤は同時に目を大きく見開いて叫んだ。

 「安寿さま!」

 ゆっくりと安寿は振り返って咲と伊藤に微笑みかけた。航志朗はしっかりと安寿を支えた。咲は涙を流しながらベッドに乗っかってきて安寿を抱きしめた。

 「安寿さま! ……安寿さま!」

 「咲さん、ごめんなさい。ご心配をおかけしてしまいました」

 「いいえ、安寿さまは、なんにも悪くありません! すべて航志朗坊っちゃんが悪いんです!」

 そう言うと思いきり咲は航志朗をにらみつけた。思わず航志朗は肩をすくめた。

 あふれ出る涙をずぶ濡れのハンカチで拭きながら、伊藤が震える声で言った。

 「安寿さま、航志朗坊っちゃん。今、華鶴奥さまからご連絡がありました。宗嗣さまが意識を取り戻されました。もう心配ないそうです!」

 「……よかった」

 そう言うと安寿は航志朗の胸にしがみついた。安堵の表情を浮かべて航志朗は安寿をしっかりと抱きとめた。

 抱き合ったふたりの姿を目を細めて見つめて咲が言った。

 「おふたりとも、お腹が空いたんじゃありませんか。何か召しあがりたいものはございますか。すぐにご用意いたします。……あ! カレーでしたら、すぐにご用意できます。ひと晩寝かせたので、きっとおいしいですよ」

 「俺はカレーが食べたい。安寿は?」

 くすっと笑って安寿が言った。
 
 「私も」

 「では、すぐにご用意いたしますね!」

 咲はハンカチで顔を覆った伊藤を強引に引っぱって部屋を出て行った。

 ふたりきりになると上目遣いで安寿は愛おしそうに航志朗を見つめた。航志朗は胸をどきっとさせた。甘えるような声を出して安寿が航志朗に言った。

 「航志朗さん、私、離婚した後も、あなたとずっと一緒にいたい」

 口を開けて航志朗はあぜんとした。

 「安寿、君はまだ俺と離婚するつもりなのか」

 「だって……」

 下を向いて安寿は仏頂面をした。

 航志朗は安寿の両肩をつかんで大声を出して言った。

 「わかった、安寿! 今まで俺たちは本当の結婚をしていなかった。じゃあ、今から本当の結婚をしよう!」

 「本当の結婚?」

 不思議そうに安寿は首をかしげた。

 「ずっと一緒にいるってことだ。……たぶん」

< 453 / 471 >

この作品をシェア

pagetop