今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
その日の夕方、安寿と航志朗は咲に手渡されたいつもの風呂敷包みを携えて、車でマンションに向かった。
マンションに入って鍵をかけると玄関でふたりは熱くキスし合った。そして、もつれあいながらソファに移動して、抱き合って何度も唇を重ねた。
ふと安寿は航志朗に抱きしめられたその肩ごしに、初めて見る古い本らしきものが、母のジュエリーボックスと一緒にダイニングテーブルの上に置かれていることに気づいた。
航志朗は曾祖父の手帳を手に取って安寿に見せた。そして、あの大雪の夜、ここで起こった出来事を安寿に包み隠さずに話して、周がフランス語で書いた文章を安寿に翻訳して聞かせた。
周が綴った後に続いて恵真が書き残した文章も、安寿は胸が張り裂けるような気持ちになりながら一字一句丹念に目で追った。
(なんていう哀しみに覆われた家族の物語なの……。ただ純粋に愛しいひとを愛しただけなのに)
安寿は周と恵真の本当の想いを知って、何も言えずに大粒の涙を流した。
琥珀色の瞳を潤ませた航志朗は安寿の肩にしっかりと腕を回して、自分の胸に引き寄せて言った。
「安寿、曾祖父と恵真おばあさまが、俺たちを守ってくれたんだ」
安寿は航志朗の胸元で涙をぬぐってうなずいた。また安寿は周の手帳のページを最初から最後まで一枚一枚丁寧にめくって、自分の胸に愛おしそうに抱きしめた。
安寿は母の木製のジュエリーボックスを膝の上に置いた。ふたを開けて中から銀色のブローチを取り出して、結婚指輪をした左手の手のひらにのせた。
安寿は航志朗の琥珀色の瞳の奥を見つめて言った。
「このブローチのイニシャルって、航志朗さんのひいおじいさまの周さんと、ひいおばあさまのメアリアンさんのものだったんですね」
一瞬で航志朗は大きく目を見張った。
「……安寿? 『メアリアンさん』って、いったい誰のことなんだ?」
不思議そうに安寿は周の手帳の最後のページを開いて言った。
「だって、航志朗さん、ここにフランス語で書いてあるでしょう。『私は、私の本当の想いに鍵をかけて、ここに閉じる。心から愛している、私たちのエマ、そして、メアリアン・ドゥ・デュボア』って」
「メアリアン・ドゥ・デュボアだって!」
「どうしたの、航志朗さん?」
「ニース在住の古くからの父の顧客は、ジャン=シトー・ドゥ・デュボアという名前なんだ、安寿!」
わけがわからずに安寿は首をかしげて航志朗を見つめた。深刻な表情で航志朗は何事かを懸命に考えている。
航志朗は眉間にしわを寄せてその結論に至った。
(もしかして、俺は、ムッシュ・デュボアと血が繋がっているのか。そうだ! きっと、彼は、俺の曾祖母の妹の息子なんだ!)
その時、突然、航志朗のスマートフォンが鳴り出した。肩をびくっとさせた航志朗はすぐに通話に出た。それは、ノア・ドゥ・デュボアからだった。
『コーシ、ごぶさたしています。今、どちらにいらっしゃいますか?』
久しぶりに聞くノアの声は少し弱々しかった。
「お久しぶりです、ノア。今、トーキョーの自宅にいます」
流暢にフランス語で答える航志朗の声はわずかに震えた。
『そうですか。コーシ、あなたに残念なお知らせがあります。実は、二月に父が逝去いたしました』
「なんだって!」
『あなたにお伝えするのが遅くなりまして、大変申しわけございません。実は今、私はトーキョーのホテルにいます。今日の午後にナリタに到着しました。コーシ、私は、あなたにある真実を伝えるために、日本に参りました。直接あなたにお会いして話をしたいのですが』
「わかりました。では、明日、私のマンションに来ていただけますか。アンジュも一緒にいますので」
『感謝します、コーシ。では、また明日に』
その夜、ベッドに腰掛けた航志朗は隣で横たわっている安寿の額にそっとキスした。思わず航志朗は肩を落として微笑んだ。安寿は安心しきった表情でぐっすりと眠っている。
航志朗は曾祖父の手帳を月明かりに照らしてめくった。航志朗の脳裏に最後に会った時のデュボアの姿が浮かんだ。足がふらついていたデュボアはノアに身体を支えられていた。
航志朗は遥か彼方のニースの海に向かって想いを馳せた。
(ムッシュ・デュボア、あなたと再会することも、もうかなわないのですね……)
航志朗はデュボアが別れ際に慈愛に満ちたまなざしを自分に向けていたことを思い出した。午後のニースの海に降り注ぐ太陽の光を反射して、デュボアの瞳は黄色味がかって光っていた。それは、祖母の優美な瞳の色に似た琥珀色に近い色だった。
マンションに入って鍵をかけると玄関でふたりは熱くキスし合った。そして、もつれあいながらソファに移動して、抱き合って何度も唇を重ねた。
ふと安寿は航志朗に抱きしめられたその肩ごしに、初めて見る古い本らしきものが、母のジュエリーボックスと一緒にダイニングテーブルの上に置かれていることに気づいた。
航志朗は曾祖父の手帳を手に取って安寿に見せた。そして、あの大雪の夜、ここで起こった出来事を安寿に包み隠さずに話して、周がフランス語で書いた文章を安寿に翻訳して聞かせた。
周が綴った後に続いて恵真が書き残した文章も、安寿は胸が張り裂けるような気持ちになりながら一字一句丹念に目で追った。
(なんていう哀しみに覆われた家族の物語なの……。ただ純粋に愛しいひとを愛しただけなのに)
安寿は周と恵真の本当の想いを知って、何も言えずに大粒の涙を流した。
琥珀色の瞳を潤ませた航志朗は安寿の肩にしっかりと腕を回して、自分の胸に引き寄せて言った。
「安寿、曾祖父と恵真おばあさまが、俺たちを守ってくれたんだ」
安寿は航志朗の胸元で涙をぬぐってうなずいた。また安寿は周の手帳のページを最初から最後まで一枚一枚丁寧にめくって、自分の胸に愛おしそうに抱きしめた。
安寿は母の木製のジュエリーボックスを膝の上に置いた。ふたを開けて中から銀色のブローチを取り出して、結婚指輪をした左手の手のひらにのせた。
安寿は航志朗の琥珀色の瞳の奥を見つめて言った。
「このブローチのイニシャルって、航志朗さんのひいおじいさまの周さんと、ひいおばあさまのメアリアンさんのものだったんですね」
一瞬で航志朗は大きく目を見張った。
「……安寿? 『メアリアンさん』って、いったい誰のことなんだ?」
不思議そうに安寿は周の手帳の最後のページを開いて言った。
「だって、航志朗さん、ここにフランス語で書いてあるでしょう。『私は、私の本当の想いに鍵をかけて、ここに閉じる。心から愛している、私たちのエマ、そして、メアリアン・ドゥ・デュボア』って」
「メアリアン・ドゥ・デュボアだって!」
「どうしたの、航志朗さん?」
「ニース在住の古くからの父の顧客は、ジャン=シトー・ドゥ・デュボアという名前なんだ、安寿!」
わけがわからずに安寿は首をかしげて航志朗を見つめた。深刻な表情で航志朗は何事かを懸命に考えている。
航志朗は眉間にしわを寄せてその結論に至った。
(もしかして、俺は、ムッシュ・デュボアと血が繋がっているのか。そうだ! きっと、彼は、俺の曾祖母の妹の息子なんだ!)
その時、突然、航志朗のスマートフォンが鳴り出した。肩をびくっとさせた航志朗はすぐに通話に出た。それは、ノア・ドゥ・デュボアからだった。
『コーシ、ごぶさたしています。今、どちらにいらっしゃいますか?』
久しぶりに聞くノアの声は少し弱々しかった。
「お久しぶりです、ノア。今、トーキョーの自宅にいます」
流暢にフランス語で答える航志朗の声はわずかに震えた。
『そうですか。コーシ、あなたに残念なお知らせがあります。実は、二月に父が逝去いたしました』
「なんだって!」
『あなたにお伝えするのが遅くなりまして、大変申しわけございません。実は今、私はトーキョーのホテルにいます。今日の午後にナリタに到着しました。コーシ、私は、あなたにある真実を伝えるために、日本に参りました。直接あなたにお会いして話をしたいのですが』
「わかりました。では、明日、私のマンションに来ていただけますか。アンジュも一緒にいますので」
『感謝します、コーシ。では、また明日に』
その夜、ベッドに腰掛けた航志朗は隣で横たわっている安寿の額にそっとキスした。思わず航志朗は肩を落として微笑んだ。安寿は安心しきった表情でぐっすりと眠っている。
航志朗は曾祖父の手帳を月明かりに照らしてめくった。航志朗の脳裏に最後に会った時のデュボアの姿が浮かんだ。足がふらついていたデュボアはノアに身体を支えられていた。
航志朗は遥か彼方のニースの海に向かって想いを馳せた。
(ムッシュ・デュボア、あなたと再会することも、もうかなわないのですね……)
航志朗はデュボアが別れ際に慈愛に満ちたまなざしを自分に向けていたことを思い出した。午後のニースの海に降り注ぐ太陽の光を反射して、デュボアの瞳は黄色味がかって光っていた。それは、祖母の優美な瞳の色に似た琥珀色に近い色だった。