今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
その大行列には、ミラノからやって来たファミリーも並んでいた。ひときわ目立って大きいブルーノ・デ・アンジェリスは、右手に三歳になった娘を軽々と抱き上げて、左手で彼の美しい妻の腰に手を回している。
「ねえ、ブルーノ、絶対にあの絵ってアンジュさんが描いたのよね? 私、ひと目見ただけですぐにわかったわ!」
背伸びをしたマユがブルーノの耳元に小声でささやいた。
「間違いなく俺もそう思うよ、マユ。でも、この前コーシに直接訊いたら、はぐらかされたぞ」
「パパ、わたし、もうすぐ天使さまになれるの?」
あどけない声がブルーノの耳に入った。
「いいや、パパとマンマにとって、君はすでに天使さまだよ、キアーラ!」
ブルーノはキアーラの頬に目を細めてキスした。
ブルーノにキスされた頬に手を置いて幼いキアーラは仏頂面をして言った。
「パパ、マンマにもバーチョしなくちゃだめ!」
「もちろんするよ!」
ブルーノはマユを抱き寄せてキアーラの目の前でキスした。
頬を赤らめたマユはブルーノを見上げて言った。
「ここにもバーチョしてあげて、ブルーノ」
そう言うとマユは下腹に優しく手を触れた。
それに気づいて真っ赤になったブルーノが大声で叫んだ。
「マユ! ……もしかして!」
「キアーラ、今年のクリスマスには、あなたはお姉ちゃんになっているわよ」
「マユ! マユ、愛してる!」
またブルーノは愛おしそうに何回も派手な音を立ててマユにキスした。
「あらー、優ちゃん見て! 並びながら熱烈にキスしているおふたりがいるわ。すごいわね、右腕にお嬢さんを抱き上げながらよ!」
「ほんとだ。とてもじゃないけど僕にはできないな。まあ、恵ちゃんがああしてほしいって言うのなら、がんばってしてあげてもいいけど」
「……まさか」
ベルリンからやって来た恵と渡辺も行列に並んでいる。もちろん敬仁もいる。三人の後ろには、希世子が同世代の男と並んで腕を組んで微笑み合いながらドイツ語で会話している。
「あの絵って、絶対に安寿が描いたと思うんだけど、この前、安寿に電話したら『そんな絵、知らない』って、言っていたのよね。……あっ、敬仁!」
突然、恵の手を離した敬仁が走り出して、前方の白いミニスカートの女の尻にぶつかった。敬仁を追いかけた恵は思わず日本語で頭を下げて謝った。
「すいません! うちの子どもが……」
恵はあわてて敬仁を抱き上げた。
敬仁にぶつかられた日によく焼けた肌の女は、にっこりと笑って日本語で恵に返した。
「大丈夫よ、このくらい。私には十人の孫がいるから、こんなのトーフにぶつかられたくらいにへっちゃらよ。……あら、今の私の日本語、大丈夫?」
「ええ、まあ。あの、どちらからいらっしゃったんですか?」
「オアフよ、ハワイの。私、コーヒー農園を経営しているんだけど、パリの高級スーパーマーケットと契約しに来たの。そうそう! これ、よかったら、あなたに差しあげるわ」
隣にいるマリコ・アネラ・ナカジマの秘書が、恵にコーヒー豆が入った大きな袋を手渡した。秘書は名刺も恵に手渡して流暢な日本語で言った。
「こちらでワールドワイドにインターネット販売もしております。お気に召しましたら、ご注文をお待ちしております」
「は、はい、ありがとうございます……」
恵は敬仁とコーヒー豆の袋を抱えて首をかしげた。
恵と渡辺たちの前には、上海からやって来た黄静思夫妻と古閑アカネ夫妻が並んでいた。四人は大学時代の思い出話を大声を張りあげて楽しそうに語り合っている。恵はちらっと一行の背中を見て思った。
(……中国語? 世界中から、あの絵を見に来ているのね)
そんな恵の視界のかたすみをスタイリッシュなベビーカーを押した夫婦が通った。男の方は黒いバイオリンケースをたずさえて、女の方はプラチナブランドの長い髪をなびかせていた。
その時、クルルはイギリスにいた。クルルは航志朗と同じ大学の入学資格試験を受けていた。休憩時間にクルルはスマートフォンを開いて、パリで話題になっている白い翼の絵を見た。
(これは、絶対にアンジュの絵だ。試験が終わったら、パリに寄って見に行こう)
クルルのスマートフォンの待ち受け画面には、匠と一緒に撮った画像が映っていた。
「ねえ、ブルーノ、絶対にあの絵ってアンジュさんが描いたのよね? 私、ひと目見ただけですぐにわかったわ!」
背伸びをしたマユがブルーノの耳元に小声でささやいた。
「間違いなく俺もそう思うよ、マユ。でも、この前コーシに直接訊いたら、はぐらかされたぞ」
「パパ、わたし、もうすぐ天使さまになれるの?」
あどけない声がブルーノの耳に入った。
「いいや、パパとマンマにとって、君はすでに天使さまだよ、キアーラ!」
ブルーノはキアーラの頬に目を細めてキスした。
ブルーノにキスされた頬に手を置いて幼いキアーラは仏頂面をして言った。
「パパ、マンマにもバーチョしなくちゃだめ!」
「もちろんするよ!」
ブルーノはマユを抱き寄せてキアーラの目の前でキスした。
頬を赤らめたマユはブルーノを見上げて言った。
「ここにもバーチョしてあげて、ブルーノ」
そう言うとマユは下腹に優しく手を触れた。
それに気づいて真っ赤になったブルーノが大声で叫んだ。
「マユ! ……もしかして!」
「キアーラ、今年のクリスマスには、あなたはお姉ちゃんになっているわよ」
「マユ! マユ、愛してる!」
またブルーノは愛おしそうに何回も派手な音を立ててマユにキスした。
「あらー、優ちゃん見て! 並びながら熱烈にキスしているおふたりがいるわ。すごいわね、右腕にお嬢さんを抱き上げながらよ!」
「ほんとだ。とてもじゃないけど僕にはできないな。まあ、恵ちゃんがああしてほしいって言うのなら、がんばってしてあげてもいいけど」
「……まさか」
ベルリンからやって来た恵と渡辺も行列に並んでいる。もちろん敬仁もいる。三人の後ろには、希世子が同世代の男と並んで腕を組んで微笑み合いながらドイツ語で会話している。
「あの絵って、絶対に安寿が描いたと思うんだけど、この前、安寿に電話したら『そんな絵、知らない』って、言っていたのよね。……あっ、敬仁!」
突然、恵の手を離した敬仁が走り出して、前方の白いミニスカートの女の尻にぶつかった。敬仁を追いかけた恵は思わず日本語で頭を下げて謝った。
「すいません! うちの子どもが……」
恵はあわてて敬仁を抱き上げた。
敬仁にぶつかられた日によく焼けた肌の女は、にっこりと笑って日本語で恵に返した。
「大丈夫よ、このくらい。私には十人の孫がいるから、こんなのトーフにぶつかられたくらいにへっちゃらよ。……あら、今の私の日本語、大丈夫?」
「ええ、まあ。あの、どちらからいらっしゃったんですか?」
「オアフよ、ハワイの。私、コーヒー農園を経営しているんだけど、パリの高級スーパーマーケットと契約しに来たの。そうそう! これ、よかったら、あなたに差しあげるわ」
隣にいるマリコ・アネラ・ナカジマの秘書が、恵にコーヒー豆が入った大きな袋を手渡した。秘書は名刺も恵に手渡して流暢な日本語で言った。
「こちらでワールドワイドにインターネット販売もしております。お気に召しましたら、ご注文をお待ちしております」
「は、はい、ありがとうございます……」
恵は敬仁とコーヒー豆の袋を抱えて首をかしげた。
恵と渡辺たちの前には、上海からやって来た黄静思夫妻と古閑アカネ夫妻が並んでいた。四人は大学時代の思い出話を大声を張りあげて楽しそうに語り合っている。恵はちらっと一行の背中を見て思った。
(……中国語? 世界中から、あの絵を見に来ているのね)
そんな恵の視界のかたすみをスタイリッシュなベビーカーを押した夫婦が通った。男の方は黒いバイオリンケースをたずさえて、女の方はプラチナブランドの長い髪をなびかせていた。
その時、クルルはイギリスにいた。クルルは航志朗と同じ大学の入学資格試験を受けていた。休憩時間にクルルはスマートフォンを開いて、パリで話題になっている白い翼の絵を見た。
(これは、絶対にアンジュの絵だ。試験が終わったら、パリに寄って見に行こう)
クルルのスマートフォンの待ち受け画面には、匠と一緒に撮った画像が映っていた。