今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 搭乗ゲートを通過した安寿と航志朗は、手をつないでボーディングブリッジを歩いて行った。そして、ついに機内へ足を踏み入れた。足元が心許ない。思わず安寿は航志朗の手を力を込めて握った。航志朗は安寿に微笑みかけてうなずくと、安寿の手を引いて通路を奥へ進んで行った。ふたりはエコノミークラスの最後尾の二人掛けに並んで座った。安寿が窓側に座った。小窓から安寿は外を見た。しばらくお別れになる日本の晴れ渡った空が見えた。ふたりはシートベルトを締めた。やがて、飛行機のドアが閉まり、機内アナウンスが耳に入ってきた。エンジン音が低く聞こえてくる。安寿と航志朗はずっと手を握っている。思わず安寿は航志朗の顔を見つめた。

 「安寿、怖いか?」

 「うん、とても。でも、航志朗さんが一緒にいるから大丈夫」

 航志朗はキャビンアテンダントたちが着席したのを見はからって、安寿に唇を重ねた。

 安寿は目を丸くして真っ赤になった。くすっと笑って航志朗が言った。

 「少しは落ち着いた?」

 安寿は小声で航志朗に訴えた。

 「もう、余計にどきどきしちゃったでしょ!」

 ゆっくりと飛行機が動き出した。滑走路に向かい始める。主翼のフラップを上下する音が聞こえて、エンジン音が大きくなってくる。

 我慢できずに安寿が訴えた。

 「航志朗さん! 私、怖い!」

 落ち着いた声で航志朗が言った。

 「大丈夫だ、安寿。俺につかまっていろ」

 安寿は両腕で航志朗の左腕にしがみついた。

 滑走路に入った飛行機はいったん停止して、離陸体制に入った。エンジン音がだんだん大きくなってきた。安寿は全身を硬直させた。航志朗は口角を上げて安寿を横目で見るとしっかりと安寿の手を握った。

 飛行機が走り出した。ものすごい勢いで加速していく。地面を蹴るような衝撃を感じると、ふわっと身体が浮いた。小窓の外の風景が斜めになっている。飛行機は空へ向かって上昇して行く。目の前のモニター画面の高度が急速に上がっていくと同時に外気温度が下がっていく。

 安寿の目の前が真っ青になった。

 「航志朗さん、私たち、……飛んでる!」

 「うん。一緒に飛んでいるな、安寿」

 安定飛行に入ってからしばらく経ったが、安寿はずっと小窓の外を眺めている。腕組みをして航志朗は安寿の水色の背中を見つめていた。安寿は航志朗が贈った水色のワンピースを着ている。

 昼食の時間になり、機内食が配られた。安寿はそれをあっという間に平らげてしまった。極度の緊張のあまり、マンションを出る前に朝食が喉を通らなかったのだ。

 やっと安寿が振り返って、航志朗に話しかけた。

 「航志朗さん! 雲って、おもしろい! 最高のアーティストね」

 すぐにまた安寿は航志朗に背を向けて小窓の外に見入った。

 軽くため息をついて航志朗はつくづく思った。

 (安寿の恐怖心が、好奇心に変わったな……)

 また安寿は振り返って愉しそうに笑って言った。

 「航志朗さん! もうぜんぜん怖くない。今、私、とっても楽しい!」

 航志朗は安寿に微笑みかけて言った。

 「それはよかった、安寿」

 だが、内心で航志朗は思った。

 (俺のことは、ほったらかしだな……。まあ、想定の範囲内だが)

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