今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
エピローグ
それから何年もの歳月が流れた。
安寿と航志朗は手をつないで裸足で白い砂浜を歩いている。安寿は真っ白なリネンワンピースを身にまとっている。ゆったりとしたワンピースの裾が海から吹いて来る風にはらんでふわっとひるがえった。航志朗は安寿をまぶしそうに目を細めて見つめた。安寿も微笑みながら航志朗を見返した。今も出会った頃と同じように航志朗の琥珀色の瞳は力強い光を放ち、吸い込まれてしまうほど透き通っている。
ふたりの目の前には、どこまでも続く青い大空と広い海が広がっている。
その時、幼い子どもの可愛らしい声が安寿の名前を呼んだ。
「アンジュ! アンジュ、助けてよ! ローズとアイリスが、ぼくの腕を引っぱるんだ」
少し離れたところで、小さな男の子が年上の女の子ふたりに両腕を引っぱられている。
女の子たちは口ぐちにやかましく言い合った。
「アイリス、その手を離しなさいよ! シンは私のものよ!」
「何言ってるのよ、ローズ! あなたこそ手を離しなさいよ、シンは私のものなんだから!」
「ローズ、アイリス! やめなさい! シンが嫌がっているでしょう」
あわててヴァイオレットが三人の子どもたちのもとに駆け寄った。
安寿と航志朗の隣にアンがやって来て、あきれはてたようにため息をついた。
「あーあ。またやっているのか、あの三人は……」
口げんかが止まらない双子に手を焼いたヴァイオレットが大声でアンを呼んだ。
「ちょっと、アン。早くこっちに来て!」
「はい、はい」
いかにも面倒くさそうに、アンはヴァイオレットと三人の子どもたちの方へわざとらしく両腕を振って駆け足で向かった。
航志朗が愛情のこもったまなざしで安寿を見つめてから不思議そうにつぶやいた。
「どうして、森太朗は君のことを『お母さん』と呼ばないで、『アンジュ』って呼ぶんだろうな。俺のことは『お父さん』なのに」
「航志朗さんのまねをしているんでしょ、きっと」
「でも、ちょっと頭にくるな」
「何を言ってるの、自分の息子なのに」
ふたりは顔を見合わせて楽しそうに笑った。航志朗は安寿の顎を手で引き寄せて唇を重ねた。安寿は目をまん丸くした。
「もう、子どもたちの目の前で」
頬を赤らめて安寿が仏頂面をした。
それに構わず航志朗は安寿の肩を抱いて、その耳元に甘くささやいた。
「安寿、愛してる」
「ちょっと、こんなところで」
「安寿は、今、俺を愛している?」
「航志朗さんたら、一日何回確認しているの……」
大きくため息をついた安寿は航志朗の肩につかまって背伸びして、航志朗の耳に向かって大声で言った。
「愛してる、航志朗さん!」
「……安寿。それって、やっつけ仕事になっていないか」
肩をすくめた安寿は航志朗から離れて砂浜を飛ぶように走り出した。あわてて航志朗が安寿を追いかけて後ろからつかまえた。ふたりはきつく抱き合って唇を重ねた。
遠目でそのふたりの姿を見たアンが両肩を上げてつぶやいた。
「あのふたり、またやっているよ……」
ローズとアイリスが競うように森太朗の目を手のひらでふさいだ。その上からアンとヴァイオレットが双子たちの目をふさいだ。
アンとヴァイオレットは、いたずらっぽく笑って顔を見合わせると、どちらからともなくキスした。
目をふさがれた三人の子どもたちも、くすくすとくすぐったそうに肩を震わせて笑い合った。森太朗は両頬をローズとアイリスから同時にキスされて目をぱちくりさせた。
航志朗は走り寄って来た森太朗を高く抱き上げて頬ずりすると、愛する息子の瞳を見つめた。森太朗の瞳は母親の安寿に似て漆黒の色彩をしている。安寿は横から森太朗ごと航志朗を抱きしめた。
森太朗の瞳を見る時、いつも安寿は思う。
(私は知っている。彼の黒い瞳は、空を見上げると琥珀色に輝くことを……)
森太朗は白い砂浜にしゃがむと、その小さな手でサンゴのかけらを握って絵を描きはじめた。安寿も白い小石を手に取って砂浜に絵を描き出した。笑みを浮かべた航志朗が森太朗の頭を優しくなでた。
航志朗は後ろから安寿を抱きしめて、安寿の手に自分の手をそっと重ねて一緒に絵を描いた。安寿は航志朗を愛おしそうに見つめて言った。
「航志朗さん、いつもありがとう」
「こちらこそ、いつもありがとう、安寿」
いつまでも安寿と航志朗は互いの瞳を見つめ合って微笑んだ。
安寿と航志朗は手をつないで裸足で白い砂浜を歩いている。安寿は真っ白なリネンワンピースを身にまとっている。ゆったりとしたワンピースの裾が海から吹いて来る風にはらんでふわっとひるがえった。航志朗は安寿をまぶしそうに目を細めて見つめた。安寿も微笑みながら航志朗を見返した。今も出会った頃と同じように航志朗の琥珀色の瞳は力強い光を放ち、吸い込まれてしまうほど透き通っている。
ふたりの目の前には、どこまでも続く青い大空と広い海が広がっている。
その時、幼い子どもの可愛らしい声が安寿の名前を呼んだ。
「アンジュ! アンジュ、助けてよ! ローズとアイリスが、ぼくの腕を引っぱるんだ」
少し離れたところで、小さな男の子が年上の女の子ふたりに両腕を引っぱられている。
女の子たちは口ぐちにやかましく言い合った。
「アイリス、その手を離しなさいよ! シンは私のものよ!」
「何言ってるのよ、ローズ! あなたこそ手を離しなさいよ、シンは私のものなんだから!」
「ローズ、アイリス! やめなさい! シンが嫌がっているでしょう」
あわててヴァイオレットが三人の子どもたちのもとに駆け寄った。
安寿と航志朗の隣にアンがやって来て、あきれはてたようにため息をついた。
「あーあ。またやっているのか、あの三人は……」
口げんかが止まらない双子に手を焼いたヴァイオレットが大声でアンを呼んだ。
「ちょっと、アン。早くこっちに来て!」
「はい、はい」
いかにも面倒くさそうに、アンはヴァイオレットと三人の子どもたちの方へわざとらしく両腕を振って駆け足で向かった。
航志朗が愛情のこもったまなざしで安寿を見つめてから不思議そうにつぶやいた。
「どうして、森太朗は君のことを『お母さん』と呼ばないで、『アンジュ』って呼ぶんだろうな。俺のことは『お父さん』なのに」
「航志朗さんのまねをしているんでしょ、きっと」
「でも、ちょっと頭にくるな」
「何を言ってるの、自分の息子なのに」
ふたりは顔を見合わせて楽しそうに笑った。航志朗は安寿の顎を手で引き寄せて唇を重ねた。安寿は目をまん丸くした。
「もう、子どもたちの目の前で」
頬を赤らめて安寿が仏頂面をした。
それに構わず航志朗は安寿の肩を抱いて、その耳元に甘くささやいた。
「安寿、愛してる」
「ちょっと、こんなところで」
「安寿は、今、俺を愛している?」
「航志朗さんたら、一日何回確認しているの……」
大きくため息をついた安寿は航志朗の肩につかまって背伸びして、航志朗の耳に向かって大声で言った。
「愛してる、航志朗さん!」
「……安寿。それって、やっつけ仕事になっていないか」
肩をすくめた安寿は航志朗から離れて砂浜を飛ぶように走り出した。あわてて航志朗が安寿を追いかけて後ろからつかまえた。ふたりはきつく抱き合って唇を重ねた。
遠目でそのふたりの姿を見たアンが両肩を上げてつぶやいた。
「あのふたり、またやっているよ……」
ローズとアイリスが競うように森太朗の目を手のひらでふさいだ。その上からアンとヴァイオレットが双子たちの目をふさいだ。
アンとヴァイオレットは、いたずらっぽく笑って顔を見合わせると、どちらからともなくキスした。
目をふさがれた三人の子どもたちも、くすくすとくすぐったそうに肩を震わせて笑い合った。森太朗は両頬をローズとアイリスから同時にキスされて目をぱちくりさせた。
航志朗は走り寄って来た森太朗を高く抱き上げて頬ずりすると、愛する息子の瞳を見つめた。森太朗の瞳は母親の安寿に似て漆黒の色彩をしている。安寿は横から森太朗ごと航志朗を抱きしめた。
森太朗の瞳を見る時、いつも安寿は思う。
(私は知っている。彼の黒い瞳は、空を見上げると琥珀色に輝くことを……)
森太朗は白い砂浜にしゃがむと、その小さな手でサンゴのかけらを握って絵を描きはじめた。安寿も白い小石を手に取って砂浜に絵を描き出した。笑みを浮かべた航志朗が森太朗の頭を優しくなでた。
航志朗は後ろから安寿を抱きしめて、安寿の手に自分の手をそっと重ねて一緒に絵を描いた。安寿は航志朗を愛おしそうに見つめて言った。
「航志朗さん、いつもありがとう」
「こちらこそ、いつもありがとう、安寿」
いつまでも安寿と航志朗は互いの瞳を見つめ合って微笑んだ。