今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる

第3節

 (……ここは、どこ?)

 安寿は目を開けた。自分が広いベッドの上で光沢のある純白の毛布にくるまっていることに気づいた。

 (この毛布ってシルクなのかもしれない。うっとりするほど柔らかくて心地いい)

 安寿は起き上がって、広い部屋の中を見渡した。大きなベッドの他には何もない。天井を見上げると、(はり)の曲線が妙に気になった。安寿はゆっくりと立ち上がって重厚なカーテンを開けた。ベッドに腰掛けて窓の外を眺める。窓ガラス越しに緑の樹々が見えた。樹々の枝が勢いよく伸びていて、葉が陽の光を浴びてつやつやと輝いている。

 (今、何時かな?)と安寿は思ったが、この部屋には時計がなかった。安寿はロングカーディガンを羽織ってから、音を立てないように注意深くベッドルームのドアを開けて、一段一段慎重に階段を下りた。

 きちんと包帯が巻かれた左足を見て、安寿は不思議に思った。そして、唐突に気づいて、安寿は「あっ」と声をあげた。

 (きっと、彼が巻いてくれたんだ)

 心のなかで安寿はつぶやいた。

 (彼って? 彼、……航志朗さん)

 その自分のつぶやきに安寿はきつく胸がしめつけられた。

 リビングルームにそっと入ると、ソファの上で航志朗が毛布を掛けて眠っていた。ソファのアームから航志朗の大きな素足がはみ出している。

 航志朗のかたわらには、書類が十数枚散らばって落ちていた。安寿は書類を拾い集めてそろえてから、ダイニングテーブルの上に置いた。書類は全部英文でプリントされていた。ところどころに手書きで走り書きが書き加えられていたが、その文字も英語だった。

 安寿はソファの前にしゃがんで、航志朗の顔をのぞき込んだ。眠っている航志朗を見るのは二度目だ。今朝はずっと年上の大人の男性に見える。思わず安寿はその端正な顔立ちに触れてみたいと思ってしまった。だが、すぐにそんな自分が恥ずかしくなって、あわてて安寿は下を向いた。

 深いため息をついてから安寿が顔を上げると、その瞬間に目を開けた航志朗と目が合った。安寿が驚いて身を引く直前に、航志朗はいきなり起き上がって安寿をきつく抱きしめた。安寿はわけがわからずに、航志朗の腕の中で目をぱちくりさせた。

 (やってしまった……)

 航志朗は安寿を抱きしめたとたんに目が覚めた。無意識のうちに安寿を抱きしめてしまった。航志朗はあせりまくって言いわけを考えた。だが、まったく思い浮かばない。頭ではすぐに安寿を離さなければと思っていても、身体が動かない。むしろ航志朗の身体は安寿の感触の愉悦に浸りきっている。

 「安寿、……おはよう」

 とりあえず航志朗は朝のあいさつをしてみた。安寿は航志朗の腕の中で固まっている。かなり気まずい状態だ。

 「え、えーと、朝食どうする? あ、そうだ。近所に朝からオープンしているベーカリーがあるんだ。俺、ちょっと行って買ってくるよ」と航志朗は口に出して、やっとの思いで安寿を離した。すぐに航志朗は階段を駆け上がって二階に行った。その場に取り残された安寿はへたっとカーペットに座り込んで呆然とした。

 航志朗はVネックのグレーのTシャツとブラックジーンズのラフな格好に着替えて下りてきた。「ちょっと行ってくる」と目を合わせずに言い残し、髪を手ぐしで整えながら航志朗は外に出て行った。

 (さっきは寝ぼけて、きっと私をシンガポールにいる航志朗さんの彼女と間違えたんだ)

 安寿はそう思うと、また胸の奥がちくちくと痛んで不快になった。

 (もう、なんなの? この感じ……)

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