今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
安寿は一回洗濯したオーガニックコットンのルームウェアに着替えてから、姿見の前に立って胸のリボンを結んだ。安寿の背後にネイビーのスーピマコットンのシャツとベージュのコットンパンツに着替えた航志朗がやって来て、安寿にロングカーディガンをふんわりと掛けた。いつものことながら、航志朗はノーブルなスタイルで本当におしゃれだ。
「安寿、この服も君によく似合ってる」
安寿は頬を赤らめて言った。
「……ありがとうございます」
「でも、丈が長いから転ばないか心配だ。俺につかまって歩けよ」
「……はい」
安寿はため息まじりの返事をした。
マンションを出る時にエントランスを丁寧に掃除しているマンションの管理人に会った。航志朗はその柔和そうな高齢の管理人に親しそうにあいさつをしてから、安寿を紹介した。
「高羽さん。実は、私、このたび結婚しました。彼女が私の妻です」
航志朗の左腕につかまっていた安寿は、あわてて「よろしくお願いします」とお辞儀をした。
「それはそれは、岸さま、誠にご結婚おめでとうございます。おやおや、可愛らしい奥さまですね」と言って、管理人は安寿を見て微笑んだ。航志朗に妻と言われた安寿は世にも恥ずかしくなって、航志朗の左腕を強くつかんで下を向いた。航志朗は安寿の世慣れていない態度に思わず笑ってしまった。
(いずれ離婚するのに、私のことを妻だなんて管理人さんに紹介してしまっていいの)
どうしようもなく安寿は後ろめたさを感じた。
安寿と航志朗を乗せた車は日比谷のホテルの地下駐車場に着いた。一階のロビーに行ってからエレベーターに乗り、最上階まで上がった。広いバーラウンジに行くとスタッフが一番奥の席に案内してくれた。
そのラウンジの客は外国人ばかりで様ざまな言語が耳に入ってくる。日本にいるというのに日本ではない異国の雰囲気が漂っていた。安寿はとても緊張してしまった。
そんな安寿を航志朗は慣れた様子でさりげなくエスコートした。安寿はラウンジを一度見渡してから、晴れ渡った眺めのよい窓の外を見て思った。
(ずっと彼とは住む世界が違うと思っていたけれど、今、私は彼が住んでいる世界に立っているんだ。……いつまで一緒にいられるか、わからないけど)
そう思うと急に安寿は胸が苦しくなった。朝から何も食べていないが食欲が失せた。だが、すぐに見目麗しいサンドイッチやスコーン、スイーツや焼き菓子がのった豪華なケーキスタンドが紅茶と一緒に運ばれてきた。航志朗はホールスタッフに礼を言ってから、安寿に笑いかけて言った。
「午後のメニューだけど、君のために特別にお願いした」
「……ありがとうございます」
「君のために」という航志朗の言葉が胸に突き刺さり、また安寿はつらくなった。
(どうして、彼は私なんかにこんなにも優しくしてくれるの? それに私のためにお金もたくさん使ってくれている)
そして、安寿は心から思った。
(私は彼からもらってばかりだ。彼のために私は何ができるのだろう……)
目の前の航志朗は機嫌よさそうに紅茶を飲んでいる。安寿は航志朗の琥珀色の瞳をまっすぐに見て思いきって尋ねた。
「あの、航志朗さん」
「ん?」
「あの、航志朗さんが私にしてほしいことってありますか?」
いきなり安寿に殊勝なことを言われた航志朗は驚愕して、啜っていた紅茶にむせて咳込んだ。
「俺が君にしてほしいことって、急に言われてもな……」
目を泳がせながら航志朗は思った。
(たくさんある。ここでは言えないことばかりだけど)
頭のなかで甘い妄想が巨大な渦を巻いた航志朗はうつむいて赤くなった。
「安寿、この服も君によく似合ってる」
安寿は頬を赤らめて言った。
「……ありがとうございます」
「でも、丈が長いから転ばないか心配だ。俺につかまって歩けよ」
「……はい」
安寿はため息まじりの返事をした。
マンションを出る時にエントランスを丁寧に掃除しているマンションの管理人に会った。航志朗はその柔和そうな高齢の管理人に親しそうにあいさつをしてから、安寿を紹介した。
「高羽さん。実は、私、このたび結婚しました。彼女が私の妻です」
航志朗の左腕につかまっていた安寿は、あわてて「よろしくお願いします」とお辞儀をした。
「それはそれは、岸さま、誠にご結婚おめでとうございます。おやおや、可愛らしい奥さまですね」と言って、管理人は安寿を見て微笑んだ。航志朗に妻と言われた安寿は世にも恥ずかしくなって、航志朗の左腕を強くつかんで下を向いた。航志朗は安寿の世慣れていない態度に思わず笑ってしまった。
(いずれ離婚するのに、私のことを妻だなんて管理人さんに紹介してしまっていいの)
どうしようもなく安寿は後ろめたさを感じた。
安寿と航志朗を乗せた車は日比谷のホテルの地下駐車場に着いた。一階のロビーに行ってからエレベーターに乗り、最上階まで上がった。広いバーラウンジに行くとスタッフが一番奥の席に案内してくれた。
そのラウンジの客は外国人ばかりで様ざまな言語が耳に入ってくる。日本にいるというのに日本ではない異国の雰囲気が漂っていた。安寿はとても緊張してしまった。
そんな安寿を航志朗は慣れた様子でさりげなくエスコートした。安寿はラウンジを一度見渡してから、晴れ渡った眺めのよい窓の外を見て思った。
(ずっと彼とは住む世界が違うと思っていたけれど、今、私は彼が住んでいる世界に立っているんだ。……いつまで一緒にいられるか、わからないけど)
そう思うと急に安寿は胸が苦しくなった。朝から何も食べていないが食欲が失せた。だが、すぐに見目麗しいサンドイッチやスコーン、スイーツや焼き菓子がのった豪華なケーキスタンドが紅茶と一緒に運ばれてきた。航志朗はホールスタッフに礼を言ってから、安寿に笑いかけて言った。
「午後のメニューだけど、君のために特別にお願いした」
「……ありがとうございます」
「君のために」という航志朗の言葉が胸に突き刺さり、また安寿はつらくなった。
(どうして、彼は私なんかにこんなにも優しくしてくれるの? それに私のためにお金もたくさん使ってくれている)
そして、安寿は心から思った。
(私は彼からもらってばかりだ。彼のために私は何ができるのだろう……)
目の前の航志朗は機嫌よさそうに紅茶を飲んでいる。安寿は航志朗の琥珀色の瞳をまっすぐに見て思いきって尋ねた。
「あの、航志朗さん」
「ん?」
「あの、航志朗さんが私にしてほしいことってありますか?」
いきなり安寿に殊勝なことを言われた航志朗は驚愕して、啜っていた紅茶にむせて咳込んだ。
「俺が君にしてほしいことって、急に言われてもな……」
目を泳がせながら航志朗は思った。
(たくさんある。ここでは言えないことばかりだけど)
頭のなかで甘い妄想が巨大な渦を巻いた航志朗はうつむいて赤くなった。