ハッピーエンダー

綱渡りのように不安定な機嫌を見届けた後、俺はようやく靴を履いた。出ていく俺を「あ」と呼び止め、母親は唇を真っ赤に染めながら話す。

「社長の金さ、今月無理なら、来月でいいから。来月はルイくんバースデーイベントあるから、絶対ね」

なにも答えず、扉を閉めた。

母親のようになりたくない。顔が似ているとしょっちゅう言われるため、俺はあの人が劣化していくたびに安堵した。誰かと寝た金を母親に渡すなんて絶対にするものか。そこは俺の意地だった。ましてや客を共有するなんて、死んだ方がマシだ。

街中に並ぶテナントのガラスに映る、死にそうな自分の顔に触れた。いつまでこんな日々が続くのだろう。母親を捨てれば済む話なのに、そのエネルギーさえ残っていない。このビルの非常階段を上って飛び降りる方が、何倍も楽だろう。
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