ハッピーエンダー

暑さと染み付いた香水の匂いで目眩がし、ガラスに映る自分と非常階段の入口が視界の中で揺れた。パチンとなにかが弾けたら、俺はそこを駆け上がっていたと思う。

「水樹さん?」

ついに幻聴かと思いガラスに頭をつけると、俺の背後に、光莉が映っていた。

「……光莉」

「こんなところでどうしたんですか? わっ、顔色悪い。熱中症になっちゃいますよ」

白いTシャツに短いズボンの光莉は、髪をひとつにくくりそれでもなお汗だくになっていた。それがキラキラし、白がめいっぱい反射する。そのせいで、歪んでいた景色が戻り、目が覚めた。

「光莉は、なにしてんの。バイトは」

ガラスから離れて光莉のそばに寄った。(よど)んだ香水の匂いを移したくなくて距離をとったが、光莉はそれを容易に詰めてくる。

「新人さんのヘルプでシフト入ってたんですけど、ひとりで大丈夫そうなので私はあがってって言われて」

「……そうか」

「水樹さんは? 用事は終わったなら、一緒に帰りましょうか?」

〝帰る〟。そうだ、今は光莉の家に帰っていいんだ。
< 122 / 161 >

この作品をシェア

pagetop