ハッピーエンダー

リビングのすぐ近くの廊下まで気配は近付き、その影が入口からこちらを覗く。目が合った。

「……きみは」

低く凄みのある声を発し、その人はポツンとここに立っている私を睨んだ。ダークグレーのスーツに、ガチガチに固められた髪、背の高い、五十代くらいの男性だ。

「えっ……その……」

「きみが水樹の愛人か。もっと派手な女かと思ったんだが」

ヒュッと言葉を失う。バレてる。今からでも客人を装えないかと嘘を考えてみたが、婚約者のいる水樹さんの家に思いきり普段着の私が滞在しているのだから、どう見ても愛人だ。

「あっ、あのっ、私は水樹さんとは、べつに、その」

「いい、いい。そういうのは面倒だ」

「……あなたはどちら様なんですか?」

「水樹の父親だよ。でなけりゃ、ここを開けたりできないさ。俺のカードキーがマスター、水樹の……おそらく今はきみが持ってるのが、スペアだ」

私が渡されていた黒いカードと同じものを、彼は懐から出して見せつける。

この人が、水樹さんのお父さんだなんて。血が通っていなさそうな、冷たい表情をしている。どうしてここへ? 私はどうしたらいいの?
< 129 / 161 >

この作品をシェア

pagetop