ハッピーエンダー
「どうしても、どうしてもダメなのか。光莉」
すぐにうなずき、黙ったままこの薄汚い男を見ていた。もうすぐ死ねると思うと寂しさはなく、不思議とこれまですがっていた郷田さんとの時間はすべていらないものになった。
「じゃあ、夕方まで待っててくれないか。最後に、シよう。ちゃんとしたお別れしないと」
ほら、ね。彼は顎で数百メートル離れたラブホテルの方向を指し示し、だらしなく演技臭い笑顔を向けた。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
「……いいですよ」
汚いキスをしようと唇を近付けてくる郷田さんを受け入れ、私は息を止めて、目を半分だけ閉じた。
しかし唇が触れる前に、視界から郷田さんが消え、ドンと鈍い音がする。
「え……」
郷田さんを蹴り飛ばし、私の手首を掴んだのは水樹さんだった。黒いパーカーにジーンズ姿の彼は、眉を複雑に寄せているせいで額の血管が浮き出ており、その怒りの形相は私ですら震えあがるほどに鋭い。
「光莉。なにやってんの」
「み、水樹さん、こそ、どうしてここが……」
「張ってたんだよ。朝、入っていってから、出てくるまで。今日会社行くって言ってたから」
嘘、見られた……。嫌だ、水樹さんには知られたくなかった。