ハッピーエンダー
俺は呆然とした。男は眉をひそめ、足もとに転がる母親には見向きもせず、俺の前に来た。すぐそばに母親の灰皿があったからか、タバコを一本出し、俺に煙を吹きかける。
「なるほど、なんの教育もされていないわりに、いい大学に通えている。たしかに俺の息子だな。さっそく書類にサインをしてくれ」
「……ハァ?」
俺と同じ身長のせいで目線が等しいこの男を、機械かなにかかと思った。連れのスーツふたりも、家捜しをして母親の身分証やらを袋に入れていく。
「ねぇ……アタシは……?」
男は、しぶとく足に絡まった母親の腹を蹴飛ばした。母親の「うっ」といううめき声に、頭に血が上った俺は男に掴みかかろうとしたが、連れのひとりに羽交い締めにされる。
「まったく。なぜ公的機関に通報しない。こんな状態の人間は施設に入れて、世話をしてもらえばいいだろう。水樹、お前には俺の息子として、一緒に来てもらう」
そのまま、細い道路に停められていた黒塗りの車に押し込められた。母親がこちらに手を伸ばし、なにか叫んでいる。男の名前かと思ったが、違った。「水樹」と叫んでいた。
「……母さん」
久しぶりにそうつぶやいて、車の窓からその光景を見ているうちに、車は出された。