ハッピーエンダー

言い返すという頭はなかった。それ以上に危険で、触れてはならない気がしたのだ。ただスマホを耳に当て、水樹さんがすでに一度受けたであろうこの怒号を私も受け、同じ気持ちを味わった。『殺してやる』と何度も叫んでいる。それが怖くて、苦しくて、水樹さんが可哀想で、涙が出てきた。

数分で声は止んだ。次はゲラゲラとした笑い声に変わり、相手が電話を手離して笑い転げているのがわかる。これ以上私が彼女の惨状を聞いていることを水樹さんは望んでいない気がして、震えながら通話を切った。

「ハァ……ハァ……」

殺してやる、と初めて言われた。あんなに簡単に言えるのだから、水樹さんにも浴びせているに違いない。水樹さん。大丈夫かな。今どこにいるんだろう。ああ水樹さん、水樹さんーー。

「ただいま」

ベッドで祈るようにスマホを抱きしめていると、玄関が開き、コンビニの袋をぶら下げた水樹さんが帰ってきた。
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