溺愛確定 冷徹御曹司とのお見合い事情
シンクには大量の洗い物があった。
作りながら片付ける作業が出来ないのかな、とか、料理に失敗したのかな、と思ったけど、おそらく違う。
「あの大量の洗い物はレシピに忠実に作ったからですよね?」
「よく分かったな」
兄が結婚する前、ホワイトデーのお返しを自分で作りたい、と言い出したことがあった。
しかもハードルの高い、タルト生地から作るフルーツタルト。
『お菓子作りは理系男子には向いてるんだ』
兄はそう言うと、小数点以下まで測定出来る計量器や計量カップ、計量スプーンを購入してきて、まるで化学の実験でもしているのかと見間違えるほど丁寧にレシピ通り、忠実にお菓子作りに取り組んだ。
吉池さんもそうだ。
ここに来てキッチン用品を見た時、計量器の類が多く見受けられた。
しかも料理本に載るような調理器具、調味料まで揃っていて、相当の腕の持ち主か、兄と同じタイプなのだろう、と予想していたのだ。
「ハルと同じか」
話をすると吉池さんはフッと笑った。
「吉池さんもどなたかに作ってあげたくてお料理始めたんですか?」
「興味あるのか?」
吉池さんの過去を知りたいという故意的なつもりの質問ではなかった。
吉池さんの過去を知ったところでどうにもならないことだし、話してもらったところで気の利いた返答も出来ないだろうし、元カノと自分を比較して凹むのは目に見えているから。
「もっと俺に興味を持ってくれたら嬉しいのに」
「え?」
最後の方が聞き取れなくて聞き返すも、吉池さんは首を横に振り、食べ終えた食器をシンクへと運び、「そうだ」と思い出したかのように言った。