飼い犬は猛犬でした。
「あ! 涼輔クンだ!」
「……っ!」
どこからか聞こえてきた彼の名前にピクリと肩がはねる。
わたしは無意識のうちにイオの腕を引いて廊下の角に隠れていた。
「ちょ、いきなり何?」
「ご、ごめん……古典の先生がいて……ほら、課題提出し忘れてたから」
冷や汗をかきながら目をそらすわたしを怪しげな視線で見つめるイオ。
「うっす、何?」
「ヤバーイ! 今日もかっこいいー!」
「まじ? サンキュ」
彼の声が耳に入る度にどうしようもなくドキドキしてしまう。
「えっ、もしかして……涼輔クン?!」
さすがに女の子たちの歓声がイオにも聞こえたみたいで、イオは涼輔くんのいる方に足を踏み出した。
「あっ、ちょ……イオっ?!」
イオの腕に手をかけると、思わずバランスを崩してしまう。
全然寝てないせいか、頭がくらくらする。
どうしよう……このままだと……
わたしはその場で倒れ込んでしまった。
大丈夫……涼輔くんは今のわたしなんか眼中にない。
きっと見て見ぬふりで済ませてくれる。
「ちょ、涼香……大丈「……大丈夫ッスか」
そんなわたしの予想とは裏腹に、涼輔くんはわたしの手を優しく掴んで、ゆっくりと起こしてくれた。
「え……」
涼輔くんの瞳はまっすぐとわたしの瞳を捕らえていて……思わず泣きそうになる。
でも、わたしを見る瞳は昨日の物とは全然違うんだ。
「ありがとうございます……」
「え、あ……はい……」
戸惑うように小さく呟く涼輔くん。
助けてくれるなんて思ってもなかった……
涼輔くん、そんな優しくされたら……
勘違いしちゃいそう。
「誰にでも……優しいんですね」
その失言にハッとして、恥ずかしい気持ちと、助けてもらったのに申し訳ない気持ちでいっぱいになって……気付いたらわたしはその場を逃げ出していた。