飼い犬は猛犬でした。


「……っ!」


 汗だくになりながら入口に向かってきた姿を見て、思わず厨房に隠れる。
 涼輔くんだ、どうしよう……


 なんで来たの? いや、メイドのわたしに会いに来たのか……

 でも、冷静に考えたら他の女の子とキスしたその日に、よく会いに来れるよね……?


「おかえりなさいま「あの、天音さん呼んでください」

「あの……天音先輩は他のご主人様の対応中で……」
「……この店でいちばん高いもん頼めば俺ん所来てくれますか?」
「えっ、あの……そ、それは……」


 まさかの涼輔くんの返しに、困ったようにこちらに視線を送る後輩ちゃん。

 見るに堪えない、わたしのせいで後輩ちゃんを困らせてる……そう思うと居てもたってもいられなくなって……


「涼輔くんごめんね、どうしたの……?」


 何事もなかったかのように、ニコリと微笑んだ。

 そう、キスをしたのは別の人……今はわたしじゃない。



「……ちょっと来てください」
「えっ、涼輔くん……!」


 涼輔くんに強く腕を引かれて店を出る。
 いつもの優しい涼輔くんからは想像できない程、無理矢理で……


< 38 / 96 >

この作品をシェア

pagetop