歪ーいびつー(どんでん返し系 狂愛ミステリー)
※※※





 真新しい制服に袖を通すと、胸元にある紺色の布をキュッと結ぶ。
 部屋の中を右へ左へと慌ただしく支度をしていると、ふと、鏡に映った自分の姿に目が止まった。

 まだ着慣れていない制服姿に、暫くボーッと鏡の中を見つめる。



ーーーピンポーン



「夢ちゃーん! お迎えが来たわよー!」


 1階から聞こえるママの声に、ハッと意識が戻る。


「……はーい!」


 元気よく返事を返すと、ベットの上に置いてあった鞄を持って1階へと降りてゆく。


「ーーおはよう、夢」

「おはよう、奏多くん」


 玄関に着くとそこには奏多くんがいて、私を捉えると優しく微笑んだ。


 かねてより端整だったその顔立ちは、成長すると共に更に美しさを増してゆき、その隙のない姿は圧倒的な美と気品を感じさせた。


「夢ちゃん。ママは少し後で行くから。気を付けて行ってらっしゃいね? ……奏多くん、いつもありがとね」


 玄関まで見送るママに奏多くんが軽くお辞儀をしたのを確認すると、「行ってきます」と告げてから家を後にする。



 あの日からーー

 私の隣には、いつも奏多くんがいる。
 勿論、他の皆んなとも未だに仲が良く一緒にいることも多い。けれど、奏多くんは毎日こうして寄り添うようにして側にいてくれる。

 私が塞ぎ込んで暫く学校へ行けなくなってしまった時も、毎日家まで訪ねて来てくれた。
 それは皆んなと一緒だったり、時には一人だったりもした。

 私がまた学校へ通えるようになると、奏多くんは行き帰りに必ず迎えに来てくれるようになり、いつしかそれが当たり前となっていったーー


 隣を歩く奏多くんを見上げると、その視線に気付いた奏多くんが、「ん? どうかした?」と聞いてくる。
 私は小さく微笑みながら、「ううん。何でもないよ」と返事をすると、再び前を向いて歩き続ける。

 そのまま奏多くんと2人、他愛もない会話をしながら歩いていると、20分程で目的地の学校へと辿り着いた。


 ーーここが、今日から私達が通うことになる桜ヶ丘高校。


【県立桜ヶ丘高等学校】と書かれた門を一度目で確認すると、その先へと続く道を辿って、さらにその先にある大きな校舎へと視線を向ける。


(ーー今日から、私はここで頑張っていくんだ)


 そう心の中で呟くと、一度瞼を閉じて再びゆっくりと開いてゆく。

 手前へと視線を戻してみると、ゾロゾロと沢山の人達が門を潜ってゆく姿が見える。
 十数分後に始まる入学式を前に、新入生や保護者達が続々と集まってきているのだ。

 その中にはチラチラとこちらを見てくる人達が何人かいて、あぁ……きっと、奏多くんを見てるんだ……カッコイイから、見惚れちゃうんだろな。なんて思う。


「……行くよ、夢」



ーーー!?



 突然、頭上から奏多くんの声がしたのと同時に右手を取られる。
 奏多くんと手を繋ぐなんてことは小学生以来の事だったので、突然どうしたのだろうと驚きながらも、私は黙って繋がれたまま門を潜ると中へと入って行った。






※※※






「夢ちゃんと朱莉ちゃんと、同じクラスで良かった~」

「……良かったわね。私は離れちゃったけど」


 入学式も無事に終わり、私達は5人で集まってある場所へと向かっていた。
 その道すがら、私と同じクラスになった楓くんがニコニコと笑顔で話す横で、優雨ちゃんがキッと楓くんを睨みつけている。

 徒歩圏内の学校だからという理由もあるのかもしれないが、私を含む5人全員が桜ヶ丘高校へと進学した。

 頭の良い優雨ちゃんと奏多くんが、桜ヶ丘高校へ進学すると聞いた当時は、随分と驚いたのを今でも覚えている。


(2人なら、もっとレベルの高い高校に行けるのに……)


 それでも、こうして5人揃って高校生活が送れると思うと、素直に嬉しい。
 ほどなくして、目的地へと辿り着いた私達は歩みを止めた。

 【永井】と表札のかかった家のインターホンを、奏多くんが押す。


『ーーはい』

「こんにちは、山城です」

『……あら、奏多くん。ちょっと待って、今開けるわね』


 そんなやり取りをした後、数秒後に開いた目の前の玄関扉。


「「「「「こんにちは」」」」」

「こんにちは。どうぞ中に入って」


 穏やかな笑顔を見せる女性に出迎えられた私達は、軽く会釈をすると家の中へと入って行ったーー






※※※






「ーーはい、どうぞ」


 和室へと通された私達の目の前に、ジュースとお菓子の入ったお皿が出された。
「ありがとうございます」と口々にお礼を告げると、グラスに注がれたジュースを飲み始める。

 私は手元のグラスから視線を上げると、目の前に座った女性に向かって口を開いた。


「あの……。御線香をあげてもいいですか?」

「……ええ、もちろん」


 そう言って優しく微笑むと、私を連れて仏壇前まで案内してくれる。


「……今日も、夢ちゃんが来てくれたよ」


 仏壇に向かって一言話しかけると、「どうぞ」と言ってその場を離れてゆく。

 あの日から頻繁にここへ訪れている私は、幾度(いくど)となくこの一連の光景を目にしている。
 どこか寂しげに見える女性の背中からゆっくりと視線を外すと、仏壇前に綺麗に置かれた座布団に正座をする。

 私はゆっくりとした所作で御線香を立てると、リンを鳴らして手を合わせた。


(ーー涼くん。私、高校生になったよ。……制服、似合うかな?)


 心の中でそう涼くんに話しかけると、閉じていた瞼を開いて仏壇に飾られた写真を見つめる。
 そこには、あの日と変わらない小学5年生のままの涼くんがいた。

 ニカッと笑ったその写真は、私の大好きなあの笑顔の涼くん。


 本当に大好きなーー私の、初恋の人。


 目尻に溜まった涙をそっと拭うと、次の人と交代する為に元の席へと戻る。
 私はおもむろにジュースの注がれたグラスを手に取ると、今にも溢れ出てしまいそうな悲しみを押し込めるかのようにして、それを一口、コクリと飲み込んだのだったーー





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