歪ーいびつー(どんでん返し系 狂愛ミステリー)
※※※





「夢ちゃん……。どうして俺の事避けるの? 俺……、何かしたかな?」


 私の机の前で、屈んでこちらを覗き込むような仕草をみせる楓くんは、そう言って悲しそうな顔をさせる。

 
 ーーあれから私は、奏多くんとの約束通りに楓くんとの接触を避け続けていた。
 
 とはいえ、同じクラスの私達。避け続けるのは簡単ではない。
 現に今、こうして捕まってしまったのだから……。

 目の前で楓くんが話し掛けてくれているというのに、無視してこの場を立ち去るなんて凄く酷いと思う。
 私だって、されたくはない。

 だけどーー
 そう思う以上に、奏多くんのことが怖くて堪らないのだ。


(こんな現場を目撃されたら……。また、怒るかもしれないーー)


「……っ」


(ごめんね、楓くん……っ)


 そう心の中で謝罪をすると、席を立って急いで教室を出たーーその時。誰かとぶつかった衝撃で、フラリとよろめく。
 下を向いていたせいで、目の前に人がいた事に気付けなかったのだ。


「っ……、ご、ごめんなさい」


 謝罪の言葉を紡ぎながら、ゆっくりと顔を上げてみるとーー
 その先に見えてきた人物の姿に驚き、ビクリと肩を揺らした。


「っ……!!」


 氷のように冷たい表情で、私を見下ろしている奏多くん。
 そのあまりにも冷たい瞳に恐怖した私は、その場で身を固めるとカタカタと身体を震えさせた。

 そんな私を静かに見下ろす奏多くんは、無言のまま私の腕を掴むと、そのままズルズルと引きずるようにして廊下を歩き始める。
 周りの生徒達がチラチラと視線を向ける中、それでも気にせずに無言で歩き続ける奏多くん。

 そのまま空き教室へと辿り着くと、投げ入れられるようにして中へと入れられた私は、その勢いに体制を崩すと床へと倒れこんだ。

 その痛さと仕打ちに耐え切れなかった私は、ついにボロボロと涙を流した。


「ーー夢。約束破ったね」


 そう言いながら、ゆっくりと近付いてくる奏多くん。


「はなっ……して……っ、ぅな……いぃっ……。はっ……なしっ……て……なっ……ぅぅっ」

「夢は、本当に悪い子だね……」


 泣きながら何度も話していないと訴えてみても、その言葉を信じてくれる様子はない。


「悪い子には、お仕置きが必要だね」


 そう告げると、床に座り込んでいた私の後頭部に手を添え、トンッと肩を押した奏多くん。
 突然の出来事に、一瞬で頭が真っ白になり思考が停止する。

 かろうじて動く瞳をゆっくりと動かしてみると、目の前には相変わらず冷たい瞳をした奏多くんとーーその先には、教室の天井が見える。

 つまり、私は今ーー
 床に仰向けに倒れているのだ。

 そう認識した、次の瞬間。
 馬乗りになった奏多くんが、私の制服のリボンを解くと胸元を開き始めた。


「……やっーー!!? んっ……んーっ!!!」


 叫びかけた私の口元を片手で塞ぐと、露わになった首元をペロリと舐め上げた奏多くん。
 その瞬間、ゾクリとした未知なる刺激が身体中を駆け巡って、自分の意思とは関係なくピクリと身体を震えさせる。

 嫌だと泣き叫びたいのにそれすら叶わぬ状況に、次々と涙が流れては床へと落ちてゆく。

 チクリとした痛みを何度か首元や鎖骨に与えられた後、塞いでいた口元を一旦解放すると、今度は自らの唇で塞いだ奏多くん。

 その隙に、叫ぼうとして口を開いたーーその刹那。
 突然、ヌルリと口内へと侵入してきた生暖かい舌。

 ーー嫌で嫌で、たまらない。
 それでも、逃げては捕まる私の舌。

 覆いかぶさる奏多くんを退かそうと押してみても、ビクともしない。
 どう頑張っても逃げられない状況に、私はただ、そのまま奏多くんに口内を侵され続けるしかなかったーー


 ようやく塞がれていた口が解放されると、私は新鮮な空気を求めて荒く呼吸を始めた。

 そんな私を見下ろす奏多くんは、私の首から鎖骨へとゆっくりと指を滑らせると、恍惚(こうこつ)とした表情をさせた。


「……虫除け。夢は、虫が嫌いでしょーー?」





 そう言って妖しく微笑んだ奏多くんは、

 身の毛がよだつほどに、とても恐ろしかったーー








※※※








「それじゃあ夢、また後でね」


 そう言って私の首を撫でる奏多くんは、昨日付けたばかりの首元の印を眺めて恍惚(こうこつ)とした表情をさせる。

 私の耳元に顔を寄せると、「虫には気をつけるんだよ」と告げてから自分の教室へと入って行った奏多くん。
 その後ろ姿を見送った私は、首元を隠すようにして髪の毛を前に持ってくると、小さく息を吐いてから自分の教室へと入った。

 自分の席に着き、鞄から教科書とノートを取り出すと机の中に入れようとしたーーその時。
 何かにコツンとぶつかり、その手を止めた。


(……え?)


 あるはずのない物の存在に驚く。

 毎日のように嫌がらせを受けている私は、自分の持ち物を机の中に入れたままにして帰る事などないのだ。

 何かと思い、机の中を覗いてみるとーー
 そこには、見覚えのない白い箱がある。


(何だろう……?)


 何の疑いもなくそれを取り出すと、私はおもむろに箱の蓋を開いてみた。


「……っ!!!? い゛やあぁぁぁぁぁーー!!!!」


 持っていた箱を投げ出すと、椅子から転げ落ちて床に倒れる。
 放り投げた箱からは大量の虫の死骸が飛び散り、周りにいた生徒達も驚きの声を上げる。

 そんな中、泣きながらガクガクと震える私は、必死に後ずさろうとするもうまく身体が動かない。


「ーー夢ちゃん!」


 駆け寄ってきた隼人くんが、私の身体を支えるようにして肩を掴んだ。


「いやぁーーっっ!!! ……っ……いやあぁぁ!!!」


 パニックで取り乱してしまった私は、隼人くんを突き放すとその反動で床へと倒れ込んだ。
 そのまま自力で起き上がることもできずに、カタカタと小さく身体を震わせる。


「夢ちゃーー」

「ーーいいよ、俺がやるから」


 隼人くんの言葉を遮って、私に近付いて来た楓くん。
 一度そっと優しく私の肩に触れると、その場にしゃがんで私の背中を優しく(さす)り始める。


「……夢ちゃん。大丈夫、大丈夫だよ……」


 背中を(さす)りながらも優しく声を掛け続けてくれる楓くんは、一度そっと私を抱きしめると、「夢ちゃん、保健室に行こうね」と告げてから私を抱え上げて教室を後にしたーー



 保健室に着くと、泣きじゃくる私を見て驚く先生に向けて、「ちょっと色々あって……。休ませてあげて下さい」とだけ伝えると、そのままベットまで運んでくれる楓くん。

 まるでガラス細工でも扱うかのように、私をそっとベットへと寝かせると、露わになった首元に触れて静かに口を開く。


「夢ちゃん……。これ……、奏多にやられたの?」



『虫には気をつけるんだよ』


 先程、奏多くんに言われた言葉を思い出す。

 あの箱に入っていた虫は、奏多くんがやったのだろうかーー?


(……っ。何で……、何でこんな事をするの……っ?)


 この現状が酷く辛く、悲しくて。それと同時に、とても怖くてーー

 楓くんの言葉に答える事もなく、ただ、押し殺すようにして涙を流し続ける。


「……今は、ゆっくり休んで」


 私の無言を肯定と捉えたのか、楓くんは一瞬悲しそうな顔をみせると、私の頭を優しく撫でてから保健室を後にしたのだったーー








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