歪ーいびつー(どんでん返し系 狂愛ミステリー)

優雨

※※※





「夢……」


 目の前で静かに眠る夢を見つめながら、小さく声を漏らす。
 その姿は、以前に比べると心なしか痩せたように見える。


 ーーあの一件以来。
 ここまで間近に夢を目にするのは、随分と久しぶりだった。

 いつも遠くから見かける夢は悲しげな表情をしていて、その顔からはすっかりと笑顔が消えていた。

 それでも私はーー
 ただ、遠くから見守る事しかできないでいた。

 私が夢に近付けば、夢が酷い事をされてしまう。近付きさえしなければ、夢は平穏な毎日を過ごせるのだと、そう信じていたから。

 ーーでも、それは間違いだった。

 昼休み、校内で倒れた夢は保健室へと運ばれた。
 心も身体も限界だった夢に、気付いてあげられなかった自分が悔しい。

 こうして倒れるまで、夢はずっと1人で耐えていたのだーー


「っん……」


 夢の頬にそっと優しく触れると、小さく声を漏らした夢はゆっくりと瞼を開いた。


「優雨……、ちゃん……?」


 私を視界に捉えると、戸惑いながらに小さく口を開いた夢。
 そんな夢に向けて優しく微笑むと、夢はくしゃりと顔を崩して泣き始めた。


「もうヤダッ……! もう、嫌だよぉぉ……っ!」

「夢……っ。もう、大丈夫。絶対に夢から離れないから」


 包み込むようにして夢を抱きしめると、慰めるように優しく背中を(さす)りながらも声を掛け続ける。


「大丈夫、大丈夫だよ……」


 そう何度も耳元で囁き続ける私は、夢が泣き止むまでずっとそうして抱きしめていたーー







ーーーーーー



ーーーー







 暫くしてようやく夢が泣き止むと、私は抱きしめていた身体を離して夢の顔を見つめた。


「……夢。もう、奏多の言う事なんて聞かなくていいよ。私は絶対に夢から離れないから。……ね?」


 私が微笑むと、安心したかの様に小さく微笑んで頷いた夢。
 するとちょうど、終業を知らせるチャイムの音が鳴り響いた。


「夢。今日から、私と一緒に帰ろうね。……実はね、もう夢の鞄も持って来てあるの。だから、奏多が来る前に帰ろう?」

「……うん。優雨ちゃん、ありがとう」


 笑顔で頷いた夢は、ベットから出ると上履きを履き始める。
 その様子を眺めながら、チラリと携帯で時間を確認する。


 ーー私は、5時間目の授業をサボって保健室へと来ていた。

 そうでもしないと、奏多に邪魔をされて夢に会えないと思ったから。
 終業のチャイムが鳴ったということは、そろそろ奏多がここへ迎えに来てしまう。


(その前に、早く帰らないと……)


 夢が鞄を持ったのを確認すると、私は夢の手を取って扉へと向かった。



ーーーガラッ



ーーー!?



 まさに扉に手を掛けて、開けようとしたその瞬間ーー

 目の前の扉は自動で開くと、そこから現れたのは奏多だった。


「……何してるの?」


 私達を視界に捉えた奏多は、怒りを含んだ瞳で鋭く睨みつける。


「優雨とは関わるなって、言ったはずだよ」


 睨みつけながらそう言った奏多に、恐怖で思わず一歩、後ずさる。
 その隙に夢の腕を掴むと、私から引き離してそのまま保健室を出て行こうとする奏多。


「嫌っ! 私……っ、……私、優雨ちゃんと一緒にいたい! もう、奏多くんとは一緒にいたくない!」


 夢のその言葉に、ゆっくりと振り返った奏多はーー
 酷く冷徹な瞳で夢を見下ろすと、腹の底から怒りを含んだ声を出した。


「……は? 何言ってるの、夢」

「っ……ゆ、優雨ちゃんと……、一緒にいたい」


 奏多に(ひる)みながらも、それでも小さな声で言葉を紡いだ夢。


「…………。夢は優雨の正体を知らないから、そんな事が言えるんだよ」


 チラリと私へと視線を向けた奏多は、フッと鼻で笑うとその視線を夢へと戻した。


「……っ! 奏多、やめて!」




「優雨はレズビアンだよ。ーー夢の事を、女として好きなんだよ」





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