時には風になって、花になって。
黙れ───と睨んでも、儚げに笑うその顔を見てしまえば言葉は出なかった。
何故そんな顔をする?
お前は、どうしてまたその顔で私を見るのだ。
あのときの“ウタ”と同じ、何故そんなにも哀しい顔をしているんだ。
「サヤ、決めたよ」
サヤは人として生きる───…。
「…私を置いて行くのか」
「紅覇、サヤはね、風だよ」
またこの娘は訳の分からぬことを言い出したのか、と紅覇はため息すら出なかった。
お前ではないのか、母親へ罪悪感を一番に感じているのは。
私ではなく、サヤ、お前だろう。
「サヤは風だから、紅覇が寂しいときはそよ風に乗って吹き続けるよ」
「…なにを言っている」
「それでね、花にもなる。…花になって紅覇の傍でずっと笑ってるの」
離れても、遠くに居ても。
サヤはずっと紅覇の近くで生きてるよ。
「死んでも、サヤはちゃんと生きてるよ」
サヤは幼い頃と変わらない無邪気な顔で笑った。
汚れを知らない顔で、笑った。
(さよなら、紅覇)
最後、言葉を出せるはずなのに女は出そうとはしなかった。
そして次の日、サヤは紅覇の前から姿を消した。
かつて海に沈んだはずの1本の左腕を置いて───。