時には風になって、花になって。




黙れ───と睨んでも、儚げに笑うその顔を見てしまえば言葉は出なかった。

何故そんな顔をする?

お前は、どうしてまたその顔で私を見るのだ。


あのときの“ウタ”と同じ、何故そんなにも哀しい顔をしているんだ。



「サヤ、決めたよ」



サヤは人として生きる───…。



「…私を置いて行くのか」


「紅覇、サヤはね、風だよ」



またこの娘は訳の分からぬことを言い出したのか、と紅覇はため息すら出なかった。


お前ではないのか、母親へ罪悪感を一番に感じているのは。

私ではなく、サヤ、お前だろう。



「サヤは風だから、紅覇が寂しいときはそよ風に乗って吹き続けるよ」


「…なにを言っている」


「それでね、花にもなる。…花になって紅覇の傍でずっと笑ってるの」



離れても、遠くに居ても。

サヤはずっと紅覇の近くで生きてるよ。



「死んでも、サヤはちゃんと生きてるよ」



サヤは幼い頃と変わらない無邪気な顔で笑った。

汚れを知らない顔で、笑った。




(さよなら、紅覇)




最後、言葉を出せるはずなのに女は出そうとはしなかった。

そして次の日、サヤは紅覇の前から姿を消した。


かつて海に沈んだはずの1本の左腕を置いて───。



< 131 / 180 >

この作品をシェア

pagetop