時には風になって、花になって。
『くれはっ!』
幼い子供は己の手を引いて走る。
どこへ向かっているかもわからないのに、いつも少女に腕を引かれた先は温かく目映い場所だった。
鬼の己が知らなかった世界。
それと同時に、ずっと知りたかった世界。
『くれは抱っこっ!』
『くれは、助けてーー!』
『紅覇、サヤは紅覇が大好き』
その中でお前はいつも私の名を呼んでいる。
いつも音にならない気持ちだとしても必ずまっすぐ届いてくれる。
ピーーーッとか細く、そして力強く鳴らす音と共に。
「あの娘は人としての道を選んだ」
城へと出向いた紅覇へと、羅生門はすれ違い様に呟く。
「…知っている」
戻った左腕の違和感が未だに拭えない。
かつて出来なかった恩返しでもしたつもりか。
「ウタという女は───」
「その話はもういい」
「聞きたくなければ聞かねば良いだけの話」
これはただの独り言だ───と、父親である男は笑う。
それでも何か知らなかったことが知れるような気がして。
紅覇は足を止めたままだった。
「貴様の母親も、その女のような馬鹿な奴だった」