時には風になって、花になって。
お前がその名を呼ぶのなら
男はある場所へと向かった。
そこはかつて妖怪に食べられそうになっていた少女と出会った場所。
そして、その母親の眠る場所。
「…遅くなってすまない」
ただの瓦礫だ。
少々大きな石が重ねられているだけ。
風に飛ばされない程しかない重さの石。
それはきっと、幼い少女が自ら作ったものなのだろう。
「やっと会いに来れた。…私を覚えているか」
なぁ、ウタよ。
その石の前には魚が置いてあった。
それはきっと、サヤが供えたものだろう。
あの日もそうだった。
小さな幼子は母親へと贈っていた。
「…お前の娘に会った」
お前に似てお転婆だ。
そしてお前と違って甘えん坊で、泣き虫なんだ。
お前は1度たりとも私にそんな姿を見せてはくれなかった。
…お前は1人でたくさんのものを抱えていたんだろうな。
「…あの日、お前は私に何を伝えようとしていたんだ」
もしそこで伝えられていたならば。
もし私がお前をこの腕に抱きしめ、そして共に生きることを選んでいたならば。