時には風になって、花になって。
「落ちるーーー…っ!!」
ぎゅっと目をつむっても鈍い音は聞こえなかった。
痛みもない。
サッと空から飛んできた何かがその幼子を華麗に抱えて、崖の上へ戻してくれたからだ。
子は自分の身の危険よりも、手に抱えた花の無事を喜んでいるようだった。
「全く。1人で出かけるときは人の姿になれと言っていただろう」
「父上っ!」
子の親らしいその男の姿もまた、人間のようなまた違う生き物であった。
まだ若く、それでいてその可憐さに誰の目も奪ってしまうような。
それでも幾千、幾万を生きているということだけは感じてとれた。
「あのね父上っ!お花を摘んだの!」
ほら!と、娘はその男の前に差し出す。
それを見て目を細めた男は今、何を、誰を思い出しているのだろう。
「母上にあげるんだよ。喜んでくれるかなぁ」
「…あぁ、あいつも昔から花が好きだったからな」
もしかすれば、その花が既にそうなのかもしれない。
「早く母上に渡しに行こうっ!」
手を繋ぐ親子。
その影はいつかに人の子を連れた鬼によく似ていた。
ピーーーー……。
どこからか笛の音が聞こえる。
そよ風に乗って、男の耳に確かに聞こえてくる。