時には風になって、花になって。
「っ……ッ…!」
なにかを感知した青年はすぐに空へ飛んだ。
竹を抜けて林を抜けて、ずっとずっと先に高く聳え立つ山の方へと。
ふわっと吹き抜ける風を受けたサヤは夢を見ているかのようだった。
「…貴様は私が怖くないのか」
暗い洞窟のような場所。
何者かに追われている男は、どうしてか人間の小娘を共に連れて来てしまったらしい。
何故そんなことをしたのか、鬼である男には分からなかった。
「何故なにも言わない?怖くて声すら出せないのか」
思い返せばこの娘は一言も言葉を未だに発していない。
子供は子供らしく喚いていればいいものを。
そんな青年に応えるように、小さな手はその狩衣の袖をきゅっと握った。
「───あぁ、そういうことか。」
笑顔を見せた少女。
話さないのではない、話せないのか。
鬼はそれ以上聞こうとはしなかった。
そして己の腕にしがみつくように眠る幼い娘。
「…つまらんことをした」
2回目のその意味は、先程とは少しだけ違う。
何千年と生きてきた鬼が1人の少女を拾った。
これが男にとって永遠と逃れられない最大の鬼退治だとは知らずに───。