時には風になって、花になって。




まさか自分が人間ではなかったなんて。


そんなとき、ふと昔を思い出した。


今からずっとずっと昔、まだおっかあが生きていた頃。

夜空の星を見ることが大好きだった幼いサヤは、毎夜のように家の外へ向かっていた。



『サヤ、今日は駄目な日よ。お家でゆっくりしましょう』



たまにその日はやってくる。
母親が必ず娘を外に出させない日が。

どうして?と見つめてみても、必ず寂しそうな顔をして母は言う。



『…怖い怖い妖怪が出る日なの』



まさかその“怖い怖い妖怪”というのは自分ではないのかと。

月の隠れる日、そのとき小さな娘は狼へと変貌してしまうからこそ、母親は外へは出そうとしなかったのではないか。



「くれ…っ、…は、ご…め……ね、」



声がだんだんと出なくなる。

そんなサヤの頬を伝う涙を、鬼の手は不器用にすくった。



「これは私がお前を止められなかった罪だ。
そしてお前を殺せなかった私の───…愚かさでもある」



その鬼は自分のことを“愚か”だと言っているのに。

どこか嬉しそうだった。








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