時には風になって、花になって。
人間臭さがあまりない娘だった。
狼を差し出せば身体が拒絶反応を起こしたこともあったか。
傷だって数日経てば治っていた。
考えてみれば辻褄が合うことばかりだった。
「妖狼…か」
泣き疲れ、腕の中で眠る少女。
そのしっとりと濡れた頬に力を加え過ぎぬよう触れてみる。
人だ───…。
肌の感触も柔らかさも。
妖怪である己とはどこもかしこも違う。
「…殺せるわけがなかろう」
例え人を食えぬ鬼だとしても。
人間を殺したことがなかったとしても。
それでも己の本能は鬼でしかない。
命途絶えそうになり、窮地に陥れば必ず人の子など喰らい尽くすはずだ。
それでもあのとき、左腕を噛み千切られてまでも目の前の狼一匹を殺すことが出来なかった。
「殺ろうと思えば出来たが」
妖気は己と並ぶほど。
もしかすれば己以上かもしれない。
それでも所詮はまだ子供。
今まで敗北を知らぬ覇者と呼ばれた紅覇であれば、首を落とすことなど簡単だった。
「…厄介なものだな」
殺せなかった。
例え腕を落とされようと、目の前で嘆き哀しむ少女の瞳を見てしまえば。
比べるまでもなかった。