月は笑う
後ろから、ついてくる足音に気がついたのは、自分の部屋を出てすぐのことだった。

立ち止まり、後ろをふりかえる。
誰も、いない。

また、歩きだすとついてくる足音。

歩美の足が、早くなった。
背後の足音も歩調を変えてついてくる。

速く、もっと速く。
なんで、足が動いてくれないんだろう。
タクシーを使えばよかった。

もつれる足を叱咤して、歩美は走り続けた。

彼の部屋まで、あともう少し。

この通りをわたれば。
彼のマンションが見えて、ほっとしたところで歩美は腕をつかまれた。

悲鳴をあげようとした口がふさがれる。
暗がりに引きずり込まれた。


「なんで連絡くれなかったんですか。待っていたのに」


耳元で、ささやく声。
ああ、こいつがストーカーだ。

必死でもがきながら、歩美は助けを願った。


「会いに来たのに、いないし。メールを出しても、返事くれないし」


次々にはかれる恨み事。
次にくる展開が予想できて、歩美は暴れまわった。


「僕のものにならないなら……いっそ」

首に手がかかる。
見開いた歩美の目に映ったのは、歩美に連絡先をくれたカフェの店員だった。

帰宅した綾子は、バスタブに湯を張り始めた。
今日は疲れたから、ゆっくりお風呂に入ろう。


――歩美、大丈夫かな?


ちらりとかすめた思いをふりはらう。
浴室の扉にかけてあるバスタオルを、とりのぞくと裏に小さな呪符が張ってあった。

二人の使った魔術は、引き付ける異性を選ぶことはできない。
強すぎる愛情は、時に凶器となりうる。

だから。

魔術を使う時は、同時に自分の身を守るための手段も用意しておくのだ。
そのための呪符を、綾子は歩美に渡したセットの中から取り除いておいた。


――少しくらい、怖い思いをしたらいいんだ。あんなに迷惑かけられたんだから。


まさか、ストーカー騒ぎにまで発展するとは思わなかったけれど。


――ま、いいや。明日になったらメールしておこう。うちに置いて行った荷物も引き取ってもらわないとだしね。


満月が見下ろしている。
月の魔力に頼る人間たちをあざ笑うかのように。

今夜の月はやけに明るかった。

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