月は笑う
その場で、夕方また待ち合わせる約束をして、弾むような足取りで出勤する。
頭の中がふわふわしていた。

ファンではなかったとは言え、自分が芸能人とプライベートで会うことになるなんて。

これが魔術の効果だとしても、勝負を決めるなら、満月の日までが勝負。
隣の席の同僚なんて、無視、無視、無視。

朝から入ってくるお誘いメールの嵐。
給湯室に行けば、すかさず誰かがやってきて、こっそりメールアドレスを渡してきたり。


――モテるっていうのも、案外大変なんだなぁ。


綾子にメールをうつ。


『なんだか知らないけど、急にモテ始めた』

『満月の日が近づくにしたがって、効果が強くなって行くらしいよ』


二日目でこれなのに、まだモテるのか。
すでに歩美はうんざりしはじめていた。


何度会っても、武史は優しかった。
三日目、四日目、五日目。
何度会っても、いつも彼は優しくて、歩美に夢中だった。


「歩美ちゃんといっしょにいると楽しい」


外で会うのはちょっと……という理由から、二人は武史のマンションにいた。
歩美の給料では、一生住むことがないであろう高級マンション。
ソファに二人並んで座っていても、武史の手が歩美に触れることはない。


――私に、興味がないのかなぁ


そう、歩美が思ってしまうほどに武史は何もしてこなかった。
普通家に二人でいれば、何かあってもよさそうなものなのに。


「来週からは、ドラマの撮影が始まっちゃうからあまり家にもいないんだけど」


――もう会えないってこと?


思いは、言葉にのせず、歩美は武史の次の言葉を待った。


「帰ってくる時は連絡するから……僕とつきあってくれない?さみしい思いをさせてしまうことも多いと思うんだけど」


満月を待つまでもなかった。
歩美はただ、うなずいた。


「よかった……断られたらどうしようかと」


武史は、手を伸ばした。
歩美の髪を撫でる。そのまま、歩美を腕の中におさめ、武史はそっとキスをした。


「大切にするから」


その言葉を聞きながら、歩美は目を閉じた。
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