月は笑う
泊まって行けばいいのに、という彼の言葉をふりきって自分の部屋に戻ってきたのは真夜中近かった。
空を見上げれば、だいぶ丸みを帯びた月が黄色く見える。

オートロックを解除して、ポストを確認する。
入っているのは、ちらしと請求書が大半なのに、今日は不在票が入っていた。
そのまま宅配ボックスのキーを解除する。
最近通販をした覚えもないのだけど。

宅配ボックスに届いていたのは、小さな小包だった。
差出人の名前はない。

不安に思いながら、部屋でそれを開封してみる。
中に入っていたのは、香水のビンだった。新発売で入手困難な品。
それとカードが一枚。


『いつもあなたのことを見ています』


名前も連絡先もなかった。
歩美は、カードをほうり出した。
薄気味悪い。
これも魔術の効果なのだろうか。


――たしか、モテる対象は選べないって言ってた。もしかして、ストーカー?


そう思いあたると、急に恐怖心がこみあげてくる。
この部屋には誰もいないのに。
人の気配を感じたような気がして、背後をふりかえった。

もちろん、誰もいない。
部屋に入った時、ちゃんと鍵もかけた。
だから、この部屋にいるのは歩美だけのはず。

ふっと息を吐き出した。
何を脅えているんだろう?ストーカーと決まったわけではないのに。

そう自分に言い聞かせても、いったん芽生えた恐怖心は拭い去ることができない。
シャワーも省略して、歩美はベッドにもぐりこんだ。


「今日は顔色悪いじゃん」


相変わらず山本は能天気だ。
ランチの誘いを無視し続けているのもこたえないらしい。


「よく眠れなくて、ね」


一応返事をしておいて、歩美はPCを起動する。
メールソフトが立ち上がるのと同時に、届くお誘いメールの数は日を追うごとに増えていた。
既婚者のメールも、かなり混ざっているのは笑い話ではない。


「新着……900件?」


思わず声が裏返る。
メールを受信している間、増えていく見たことのないアドレス。
届いたメールの大半が、同じアドレスから送信されていた。
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