月は笑う
「暗い顔、しないでよ。いい出会いもあったでしょ?」

「なかったとは言わないけど」


コンビニによってきたのだという綾子は、ビールとつまみを持参だった。


「どんな人?」

「まだ、言えない」


武史は芸能人だ。
うかつなことを話せば、彼の俳優人生を終わりにしてしまいかねない。


「まあ、いいや。私もいい出会いあったし」


そう言って、綾子がビールの缶を空にした時だった。
また、鳴るチャイム。

びくりとして、顔をあげる歩美。
綾子が立ち上がる。
インターフォンごしに、誰かと会話をしている。
しばらくして、花束を抱えて戻って来た。


「カードついてる……あなたを愛していますだって」


歩美は悲鳴をあげた。
カードの筆跡は、昨日香水に添えられていた物と同じだった。


「心当たりは……ないんだよね?」


歩美は、黙って首をふった。


「じゃあ、こうしようか」


綾子は、新しいビールの缶をあけた。


「たぶん、満月の日が過ぎればこの花束の贈り主も歩美のことを気にしなくなると思うんだよね」


だから、と言葉を続ける。


「しばらく、家から通勤したらいいよ。着替えは……」


綾子は時計を見上げ、時間を確認する。


「明日一組だけ持って出て、あとは宅急便で送ろう」


大きな荷物を持って出ると目立つからね、そう言って笑う綾子がたくましく見えた。

その日のうちに、綾子が段ボールを宅急便で送って、次の日の朝、カバンに着替えを隠し持って家を出た。
< 8 / 10 >

この作品をシェア

pagetop