メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
「え?」

杏花が手に持っている球形のロリポップを取り上げビニールの包装を外し、手を伸ばし彼女の唇に当てる。薄桃色と乳白色のツートンカラーだ。

「お前ってやつは、このキャンディが似合う子供みたいな見た目なのに、蜂を誘う花みたいにやたら俺の心を惹き付ける。俺はいつもお前に心をかき乱されて・・・なんて厄介なやつなんだ。」

俺の言葉に驚いて無言になっている杏花に近づくと、ロリポップ越しに口づけた。彼女は目を大きく見開く。彼女から香る砂糖の香りは今までで一番強く、鼻孔が痛いくらいに刺激された。

魔女の帽子が床に落ちる。そう、今思えば電車で初めて会った時から俺はこいつに魔法にかけられたみたいだった。

杏花の唇に自分の唇を押し付けた時の感触を思い出す。本当は直接触れたい。あのホテルでの秘密のキスで彼女の唇の味と感触を知ってしまった俺の心の猛獣は狂ったように彼女の唇を求めた。唇だけでなく彼女の全てに触れたい、俺のものにしたい、その想いが心を飛び出して体中を駆け巡る。

バスタブが溢れているのに気づいてもまだお湯を入れ続けているように想いが溢れて飲み込まれてしまう。自分の気持ちが怖いくらいだ。

杏花も潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。これは・・・紛れもなく俺を求めている目だ。

玲央のアトリエのマンションで彼女に触れてしまったように、何も考えずこのまま一線を越えてしまってもよいのではないか。

時計が完成した後、彼女と離れると決めた。だったらそれまでは心に駆り立てられるまま触れてしまっても───。

俺は杏花の唇からロリポップを離し、今度は自分の唇を近づけた。彼女が目を閉じる。

───今だけ、あと少しの間だけ、こいつに触れてもいいよな・・・?

まるで自分自身に許可を得るかのように心の中で呟いた。

しかも今日はハロウィンだ。数々のモンスター達に紛れて俺の心の中の猛獣が暴れても気づかれないだろう。

ハロウィンのカボチャのやつ───名前は忘れたけれど───さっきは舌打ちしたりして悪かった。お前のお陰で心の中の猛獣が解放された。心から礼を言う。
< 157 / 290 >

この作品をシェア

pagetop