メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
『自分の全てを時計にかけて、時計のことだけを考えて生きていく。』あの初詣の日、俺はアホみたいに熱く夢を語ることで自分の恋心を封印した。恋心と・・・杏花と、実質的なサヨナラをしたあの日から一ヶ月以上が経っているというのに作品制作はなかなかうまく進まない。脳が冬眠してしまったかのように新しいアイディアが出てこないのだ。

今まではアイディアがポンポンと出てきて、それをどうやって形にしたらいいかに悩んだり、あれもこれも作りたくて時間が足りずに悩んでいた。でも今は作りたいものが何も浮かんでこない。俺にとって初めてのスランプだった。

このままじゃまずいと思い、初心にかえる為に時計店や公園など色々なところにある時計を見に行ったり、美術館や雑貨屋、ハンドメイドマーケットなどで時計以外のものも見るなど、インプット作業をしていた。

今日は午前中に下請けの時計の修理の仕事をして、午後はインテリアショッブを何軒か回った。時計を見ると20時過ぎで、最後の店の最寄りの三軒茶屋駅に向かう途中で駐車場の前を通ると小柄なカップルが抱き合っていた。バレンタインだし、ごく自然な風景のはずなのに、なぜか心が引っ掛かった。

ゆるいウェーブがかかったピンクブラウンの髪の女性に目が吸い寄せられる。顔は男性の体で隠れて見えていない。白くてふわふわした丸っこい帽子にはハンドメイドっぽい雪の結晶のコサージュがついていた。丸襟でワンピースみたいな形のピンクベージュのコート、ボタンはくるみボタン。あいつが着ていたコートはいつもあのコートと同じようなデザインだった。

「・・・店長・・・。」

高めなのにうるさくない、耳に心地よい声が俺の鼓膜を掴んで引っ張る。

───まさかな。

そう思った途端女性が顔を上げた。中学生みたいな外見だったが、彼女が中学生ではないことを俺は知っていた。

───なんでまた・・・。

離れたはずなのに、どうして俺達は会ってしまうんだろう。
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