メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
「・・・お前、名前は?さっきの学生証、誕生日しか見てなくて。」

耳元でささやくと彼女の体がピクッと反応して、俺の心の中の何かをより刺激する。

「・・・きょうか。」

「どんな字?京都の京?」

「ううん。(あんず)(はな)って書いて杏花(きょうか)。」

「なんでその名前になったんだ?」

「お父さんとお母さんがお祭りのあんず飴が好きだから。二人にとって大切な思い出のものなんだって。あと、杏の花は寒さに耐えることが出来る花だから、どんなことがあっても強く生きていけますようにって想いを込めたんだって。」

それを聞いて目が覚めてパッと体を離した。俺は一体何を考えていたんだろう。さっき壁際で迫ったのは危機管理の甘い彼女への警告でしかなかったのに、今は本当に手を出そうと・・・。

───何やってんだ。しっかりしろ。

気を取り直すように咳払いをする。彼女───杏花───も乗り出していた体を元に戻した。

「・・・杏の花って、どんな花なんだ?」

「ピンク色か白で丸い花びらが5枚ある花だよ。葉っぱが展開するより先に花が咲くんだ。桜が咲く前に咲く、春を告げる花の一つなの。」

「ふうん。俺、見たことあるかな?梅や桃の花や早咲きの桜と間違えそうだ。」

「杏の花は咲くと(がく)が反り返るのが特徴だよ。」

「へえ。」

暖人(はるひと)さんて本名?」

『萼が反り返る』ってどんな感じだ?と想像していると彼女が首をかしげて聞いてくる。

「そうだよ。」

「いい名前だね。」

「俺はそうは思わねえけど。ハルトとかダントとか読まれたりして修正すんの面倒だからそのままにしてるよ。俺、出来るだけ人と会話したくねーんだよな。そんなやつが店なんかやるんじゃねぇって感じだけど。」

───なのにこいつとはなんでこんなに話してるんだろ・・・。
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