メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
「・・・これならいいだろ。」

「二人羽織みたいだね。」

杏花が笑いを含んだ声で言う。彼女はこの状況に何も感じていないのだろうか。俺の方は心臓が和太鼓みたいに力強くドコドコと音を立てているというのに。この振動が密着する彼女の背中に伝わっていないか心配でならない。

「二人羽織って後ろのやつが前のやつに食べさせたりするやつだよな。」

「うん。やってみる?」

俺が冷静を装って言うと彼女が何やらごそごそとしだす。浴衣の袖から何かを取り出したようだ。

「部屋のお茶セットのところにあったお菓子。クリームサンドだって。」

そう言ってビニールの袋を破り俺の手にお菓子を乗せてきた。

「本当はこういうお菓子じゃなくて、ケーキとか食べさせて顔にぐちゃっとクリームついたりするのが面白いんだろうけどな。」

「ギャラリーもいないし、とりあえずこれでやってみようよ。」

「いくぞ。口開けろ。」

「うん。」

彼女の口であろう場所にあたりをつけてクリームサンドを近づけていく。『そこは鼻。もう少し下だよ。』と言われて少し下に下げると手に振動が伝わった。彼女がクリームサンドをくわえたようだ。

「そうだね。やっぱり簡単であんまり面白くないかも・・・あ、でもクリームが。」

彼女がそう言った次の瞬間、指先が温かくて柔らかいものに触れて濡れた。それが彼女の舌だと気づき、急激に体が熱くなってくる。

「ご、ごめんね!?唇にクリームついたから舐めたら暖人の指まで・・・本当にごめんねっ!?」

先程の余裕そうな口調から一転し焦って恥ずかしそうに言う杏花の声がますます俺の体温を上げていく。羽織を脱ぎ捨てたいくらいだが、そうしたら彼女とこうしていられなくなる。もう少しこのままでいたいし、赤くなっているであろう彼女の顔を見てしまったらノックアウトは(まぬが)れない。

そもそも俺がここに来たのは彼女が浴衣の下に何も着ていないのではという疑惑があったからなのに、今俺は少し手を下げればそこを触れる状況にあり・・・。

───あぁ、悪魔がニタニタ笑いながら忍び寄ってくる。俺の強靭(きょうじん)な理性もさすがに限界らしい。

甘過ぎる誘惑からテラスに逃げてきたものの、俺は逃げ切れなかったようだ。
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