ある雪の降る日私は運命の恋をする-short stories-
「……北斗?」

心配したような兄さんの声。

「…そんなに泣かなくていいんだよ、ね?大丈夫だから。」

俺は黙って首を横に振る。

目元の涙が布団に落ちた。

「なんも、そんな泣くことないよ。悔しかっただろうけど、また機会があるよ。ね、だからそんなに泣かないで。」

「…………ないよ…」

「え?」

「ないよ。次の機会なんて。……母さんも言ってたじゃん、もう最後のチャンスだったって…、俺には、もう無理なんだよ……」

頭の中でさっきの母さんのヒステリックな声が反芻される。

気持ち悪くて、吐きそうだ。

「……さっきの話、聞こえてた?」

恐る恐るそう聞く兄さんに俺は頷きを返した。

兄さんはひどくバツが悪そうに俯いた。



しばらく沈黙が続いた。

お互い何も言えなくて、言葉を切り出しづらい気まづい空気になる。

沈黙を先に破ったのは兄さんだった。

「…………ごめん。」

今まで聞いたこともないくらい、申し訳なさそうな声だった。

本当は、兄さんが謝る必要はない。

俺のことを散々言っていたのは母さんだし、兄さんはむしろ俺のことを擁護してくれていたのも聞こえていた。

「……兄さんは謝ることないよ。」

そう言うと兄さんはさらに気まづそうに唇を噛んだ。

「ううん、謝らせて。……俺も、母さんの言うことを否定しないで話を合わせてたから、同罪だよ。本当にごめん。」

「……いいって。…………それに、悪いのは俺だよ。毎回、上手く出来ないから母さんも怒るんだ。……俺ができないから、悪い。」

「そんなことっ」

「そんなことあるじゃん。」

俺の言葉がどれだけ兄さんを困らせているかは兄さんの悲しそうな表情を見ればわかった。

…でも、鬱憤をぶつける相手は兄さんじゃないのに、ずっと心に貯め続けてきたドス黒い感情から生まれる言葉は留まるところを知らず俺の口から溢れ出た。

「……いいよね、兄さんは。何でも出来るんだもん。…それが兄さんの努力から来ることはわかるよ。……でも、俺は兄さんと同じ努力をしても、結局兄さんに適うことはないんだ。それでまた、兄さんと比べられて、俺がどれだけ劣ってるか毎回毎回ご丁寧に説明される。どれだけ頑張っても、兄さんがあまりにも出来すぎるから俺が褒められることはないんだ。何においてもそうだ。毎日のように怒られることはあっても、褒められた試しなんて、一度もない…………」

兄さんに向けて放つ鋭利な言葉は兄さんだけでなく自分の首も絞める。

言う度、言う度、苦しくなって、言葉は呪いなんだって改めて思う。

「眩しすぎるんだよ、兄さんは。ずっと、ずっと、痛いくらい眩しいんだ。……それが、ずっとコンプレックスで、俺を苦しめる…。」

違う、兄さんは悪くないって冷静な心ではわかってる。

悪いのは勝手に比べて苦しくなったり、苦しめてくる奴らなのに…

「ずっとずっとずっとずっと…………、どこにいっても兄さんの光が付きまとうから、俺はいつまでたっても影にしかなれないんだ。苦しいよ。助けてよ。兄さんは優秀な医師なんだろ?」

ドンと兄さんの胸を叩いて、俺は泣き崩れた。

無理を言ってるのはわかっている。

でも、この苦しさから開放される方法がわからなくて、もうどうしようもなかった。
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